伝えるために来た。


 あわいピンク色に染まった室内。それに合わせたのか壁紙は花びら模様、そしてかすかに鼻腔びこうをくすぐる甘い香り。明る過ぎない照明が僅かばかりの闇も演出しており、使用者の背徳感を煽っている。

 部屋はみだらな行為に及ぶ場所としてはうってつけのたおやかさに溢れていた。


「ご指名ありがとうございますっ♪」


 一人の女性がこの淫靡いんびな部屋に入ってくる。肌を限界まで露出させるため布面積の少ない水着……マイクロビキニを着ており、男の情欲を獣のそれまで昇華させることに全身全霊をかけている。年齢はオレよりちょっと上くらいだろう、フロント係から聞かされた年齢は下にさばを読んでいたようだ。


「今日は澪がぁ、い~っぱいご奉仕しますからね~❤」


 水着の女性――みおさんはツインテールに結った髪を揺らし、オレをベッドに押し倒す。優しい手つきではあったがその力は意外に強く、オレは敢えなくシーツの上に転がされた。

 みおさんはいわゆる『萌え』をウリにしているのだろう。少々時代遅れだが、一定のファン層がいる手堅いキャラクター作りだ。その割には強引さも垣間見かいまえ、作り込みの甘さも見て取れる。

 一方で身体面は年齢に合わず童顔な上に胸がたわわに実っており、ロリ巨乳という空想の産物に限りなく近い。しかし体つき全体で見ると繊細せんさいで、乱暴に扱ったらガラス細工のように壊れてしまいそう。春を売るには不安を覚える弱々しさだ。

 成る程、写真通りだ。


「お客様は、どんなプレイがお望みですか?あまあまの甘やかし?それとも澪のことを……好き放題乱暴にパコパコしちゃいます?」


 それでも澪さんは健気に職務にじゅんじている。無防備な体でオレの隣に寝転がり、客に全ての決定権をゆだねていた。

 据え膳食わぬは男の恥。

 だが、オレにそのつもりはない。


「い、いえ……すみません。そうじゃなくて……」

「もっ申し訳ありませんお客様!他のプレイでも精一杯ご奉仕させていただきますのでっ!えっと、M派ですか、それともS――」

「ち、違うんです!オ……オレは、別にあなたを買ったつもりは……ないんです」


 体を起こし、性的お誘いをきっぱり断る。

 そう、オレは童貞卒業するためにこんな場所に来たんじゃない。

 澪さん――本名、桃城澪ももしろみおさんと話をするためにここ……場末の寂れたラブホテルに来たのだ。




 これは、姫が去ってからすぐのことだ。

 どうすればこの状況を打破出来るか、オレの脳細胞はそれだけに注力していた。 


 姫をいじめという理不尽の渦中かちゅうから救い出すには、オレの力だけではどうしようもない。学校側から見たらオレはただの知り合い、もしくは不審者予備軍だ。どれだけ声を上げても無視されるに決まっている。発言力なんてあってなきがごとしだ。

 だが、保護者なら話は別だ。学校側は無視する訳にいかないし、母親が立ち上がれば姫だって無理して耐える必要はなくなる。少しでも事態を好転させるため、その最初の一歩は彼女の母親に状況を知ってもらうこと。

 そのためにも、早急に会う必要があったのだ。


 では、どんな人物か分からない彼女の母親にどうやって会うのか。

 その答えが仕事場に直接行くことだった。

 例のラブホテルで身売りをしていることは姫の口から直接聞いている。情報はそれだけで十分。何故なら母親の顔は知っているからだ。


 姫がお風呂に入っている間、着替えの用意をする他に尿にょうで汚された衣服を洗っていた。汚れ物には彼女の私物であるショルダーバッグも含まれており、オレはバッグの洗浄をする前に中身を避難させることにした。で、出し終えて気付いた。姫はかつて、バッグの中身を見られるのを嫌がったことに。一応弁解しておくが、わざとじゃない。

 とはいえ出してしまったものは仕方がないので、オレはそれらを整理しておくことにした。その中身はハンカチやポケットティッシュ、絆創膏ばんそうこうに安っぽいコンパクトミラーなどなどの女子ならごく当たり前の物ばかり。そんな中にあったのが、これまた百円均一で売ってそうな写真入れだ。そこに差し込まれた写真に映るのは幼い姫と若い女性……その人がおそらく、姫の母親。ずっと中身を見られたがらなかったのは、母親の顔がバレたくなかったからなのだろう。


 ということで顔も職場も分かっているのであとは現場に向かうだけ。捜査は足で稼げ、ということだ。


 そして性欲盛る時刻である夜、職場に急行。

 ラブホテルは基本二人以上で利用する場所でお一人様はお断りなことが多いらしいが、このラブホテルは珍しく一人での利用もオッケー。その理由は単純明快、相手はその場で選ぶことが出来るから。

 男一人で来た客にはフロントが声をかけ、在籍しているじょうから一人選ぶよう持ちかけるようだ。姫の母親について情報を集めようと入店したオレにも、フロント係の男はぐいぐいすすめてきたくらいだ。少しは客の意向を聞こうとしないのか。

 要するにここはパパ活斡旋あっせんの場でもあるということだ。コレ、ほとんど風俗店だろ。


 そんなヤバめな場所なのだが、ビビっていても話は進まない。むしろあちら側からアクションを起こしてくれたのは僥倖ぎょうこうだ。このチャンスを逃す手はない。

 オレは意を決して、差し出された売春婦一覧メニューに目を通す。そうしたら見事にビンゴ、写真入れで見たのと同じ顔がそこにあった。しかも何を考えているのか、『桃城澪』とガッツリ書き込まれていた。本名で営業するな、個人情報の扱いがガバガバ過ぎる。他の嬢は源氏名げんじなっぽいのにコレなのは、本人が抜けているからなのだろうか。ただ、こちらとしてはその雑さに御の字なので不問にしよう。

 そういう訳でオレは即座に澪さんを指名、今に至るのだった。


 因みに先払いシステムなので、財布の中身はまたもやすっからかんになったぞ。結構高いのね。




「澪さん。あ、あなたは一児の母で……むっ娘の名前は姫……で、合ってますよね?」

「ど、どうして姫のことを知っているの……!?」


 オレをにらみ付けて警戒している澪さん。体を小刻みに震わせているあたり、怯えているようにも見える。

 当たり前か。体目的の一般客かと思ったら突然身の上を探ってきたのだ、しかも的中させて。危険人物と勘違いされても仕方がない。

 と思ったが――


「やだ、子持ちなのに可愛かわいい子ぶってるって思いました!?」

「そこを気にする!?」


 ――見当違いな理由に、反射的にツッコミを入れてしまった。

 もうちょっと危機意識持ちましょうよ、澪さん。


「あ、あの……オレ、はっ灰原良太って、いいます」

「どうも、桃城澪です」


 しかも普通に挨拶あいさつ返しちゃうし。本名で営業しているあたりといい、抜けている具合が激しい。


「……それで、灰原さんは何しにここへ?」


 そうそう、大事なのは本題だ。

 澪さんの独特な天然ノリに流されるところだったぞ。


「その……む、娘さん……姫さんのこっ、ことで来ました」

「姫のこと?あなた、うちの姫とどういう関係なんです?」

「そ、それは……」


 姫との関係。

 その問いに、オレは一瞬言葉を詰まらせる。

 散々悩んだことだ。

 自分の気持ちに整理をつけられず、ずっともやもやの未分類だったこと。

 だが、それはもう終わりにしよう。


「姫の……――恋人です!」


 オレが出した答え。

 心の奥底で眠らせたままだったそれを、高らかに宣言した。

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