クマの手料理。2

「っくしゅ! ふぇ〜…………ん??」

 鼻が煙でムズムズしてくしゃみが出て、目が覚めた。 何だか妙に温かい。 心地よい重みを感じて振り返り、視界に入ったものを辿って影を見上げる。 ヒッと身体を強張らせたのは一瞬で、すぐにそれが誰だか思い出した。

「あ……くまさん……」


「目が覚めたのか。 ちょうど良かった」

 私はいつの間にか、胡座をかいたクマさんのお膝の上に寝かされ、その背を大きな掌に包まれていた。 チラと横目に確認したら、下半身だけクマさんになっている上、アソコはどこから出たのか謎の天敵、狐の毛皮で隠されていてホッとする。

「うん? どうかしたか?」

「あ、いえ、何でも」


「ふっ、おかしな奴だな。 食事を用意したが、食べられそうか?」

 クマさんが笑う重低音が柔らかく響く。

“食事”という単語に、正直者な私の腹音がくうぅう〜きゅるるとお返事した。 隠そうとして隠せていない、私の下の脚やら見上げた肩やらの揺れが大きくなる。 私が人だったなら顔が真っ赤に染まっているに違いない。 穴があったら埋まりたい。 穴掘りたい。


 いつの間にかクマさんの右手がクマさんになっていて、一体どういう仕組みになっているんだろう? と観察している前でその手が小石を掘り避け、その下からしんなり少し黒っぽくなった葉の塊が出てくる。

(あっ、こういうのテレビで見たことある! あれはどっか黒人さんの国の料理で、バナナの葉っぱだったと思うけど……)「ふぁ……いい匂い」

「良かった。 食欲はありそうだな」

 クマさんは反対の膝の上で葉の包みを開いていく。 中から丸ごと三尾ものお魚と山菜っぽいものが出てきた。 魚は詳しくないけど、アユとかっていうより、マスっぽい。 うん、そんな感じ。 多分。


 ほぉ〜っと感心しながら眺めていたら、クマさんがほぐした身を指先に乗せて、口元に差し出してくれる。 えっ、私ウサギなんですけれども???

 首を傾げて見上げると、向こうも首を傾げて見下ろす。

「魚は苦手か?」

「……食べたことないです(ウサギになってからは)」

「それなら一口、食べてみると良い」


 人間だった時、魚料理も大好きだった空腹の私が耐えられる誘惑ではなかった。

「いただきます」

 小さく呟いてからはむっと思い切って齧り付く。


「うむ……ぅ美味し〜い!」

 久し振りのタンパク源である。

「沢山あるから、好きなだけ食え。 足りなければまた獲るからな」

「いえ、十分」

 すかさず止めた。 ええとこれ、太らせて食べよう的なアレじゃないよね? 信じるからね?



 ――結局、もう無理っ! て限界まで食べた。 食べすぎて動けない。 私を食べるなら今です。 我ながら警戒心緩みすぎ。 美味しかったから、これでお腹壊しても本望。

「幸せぇ」


「体調はどうだ? 朝より熱は少し下がったようだが」

 クマさんが川で掬って、少しだけ温んだ水を飲ませてくれなから訊ねられる。

「あ、もう結構楽に……ありがとうございます」

 もぞもぞ体勢を変えて、ぺこり頭を下げた。 クマさんはくすぐったそうに口元を緩める。

「それは何よりだ。 君は幼いのに、賢く礼儀正しいな」

「…………それほどでも」

 中身十八歳の記憶が残っているだけに、気恥ずかしい。

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