ここに居る理由。2

 暫くは怪我の痛みや発熱、寒さで呻いていた。 記憶は定かでないが、ある時ふっ、と身体を蝕んでいた苦しみが軽くなった。 その前に何かが身体中を這っている感触がしたように思うが、払い除ける余裕はなかった。


 まず、血で汚れていた身体がいくらかサッパリした。 次に、傷口のずきずきとした疼きが和らいだ。そして渇き切っていた咥内に水が滴り、夢中で舐め取った気がする。 その後は久し振りにぐっすり眠れた。

 再び傷が痛みだして、意識が浮上しかかった頃また何かが身体を這う感触がするのとと共に、ホッとする安らぎを得ていく。 小さい頃に熱を出して、眠りながら母の手に撫でられた温もりを思い出す。 ――ああ、そうか……誰かが看病してくれている。 戻ってきたメイトか、通りすがりの冒険者か、はたまた気まぐれな妖精霊でも現れたのか。


 うとうと微睡み続けていれば、どこからともなくほのかに甘い良い香りが漂ってくる。 ――これは卵果の香りか?


 卵果というのは卵殻のような形に卵黄のような色味、そしてたっぷりの滋養が含まれることからそう呼ばれている、超高級果実だ。 豊かで華やかな独特の香りがある。 何年かに一度だけ、一本の木に一〜三個と少量しか採れない上に日持ちもしないため、幻の果物とも呼ばれている。

 男は偶々行き遭った襲撃中の貴族のお嬢さんを助けた際に、お礼としてご馳走して貰ったことがあって知っていたが、普通の一般人がそうそうお目に掛かることは無い。


 良い匂いだ……と思わず頬を緩めていたら、匂いの元がべちゃっと口先に押し付けられた。 鼻も一緒に塞がっていて息ができない。 反射で顔に付いた果汁を舐め取り、思わず果肉にも齧りつく。


 少しずつ目が覚めてきた。

 薄ぼんやりとした視界で、視線だけでゆっくりと辺りを見回す。 近くに人は見当たらない。 少しだけ顔と腕を動かして見ると、傷口には謎の葉っぱと思われるものがべたべた貼られていた。

(何だ、これ? ……分からんが、この葉が痛みを和らげているのか)


 考えていると視界の端に、揺れる白〜桃色っぽいフワフワが映り、そちらに目を向けた。


(草むらに……耳? が、生えている……??)

 小さくて長くてぴくぴく動いている二本のそれをじっと見つめる。――あれはまさか、兎だろうか。 それも小さな仔兎。 知っているものはもっと毛が短くて形がよく分かったが、でもあの長さと動きはそのものだ。


 そろりともう少しだけ頭を起こして反応を確認する。 母兎はどうしたのだろう。 肉食獣のこんな近くに見ず知らずの草食獣が近付くのは本当に珍しい。

 ただの獣と違って人としての性質があるので雑食である獣人同士でも、元になった獣としての本能が少なからずあるので、そう簡単に近寄ったりはしないし、できないものだ。


 獣のままよりはマシだろうと考え、人形に変身した。 鎧は獣化の前に脱ぎ落とし、下服も獣化と騒動で破れ、既に脱げてしまっているので裸だが、周囲に人の気配はないので構わないだろう。

 そうっと、そうっと近寄り覗き込むと、男の掌では片手ですっぽり包めてしまうくらい小さなふわっふわの毛玉? 生き物? がせっせとお腹の辺りを毛繕いしている。


(可愛いな)


「ん〜、色が落ちないなぁ」

「!!??」

 小さくて可愛いらしい声が聴こえて、ピシッと固まった。 他に誰も、何も存在しないようなのでてっきり迷子の野生動物かと思いきや、まさかの獣人。 こっちは素っ裸。 ――通報待ったなしの変態案件である。


(嫌、でも相手は幼い子ど‥)

「‥ぅん?」


「……」

「っ……。 ……??!!」

 見つめ合うこと一秒、体感一分。 仔兎はびゃっと飛び退って悲鳴を上げた。


「ぴぇあーーっっ!! っ誰ぇ〜〜っ??!」

「お、驚かせてすまん」

 さっとしゃがみ込み、身体を小さくしつつアレな部分を隠した。

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