『絶対に媚びない系女子』の朝倉さんが全力で俺に媚びてくる

やなぎまさや

第1話 女なんてクソである -中原和総-

 女なんてクソである。

 それに気がついたのは高校一年生の秋になってからだった。

 それまでの俺は、はっきり言ってクソ以下の阿呆でしかなかった。


 そもそも、身長体重は全国平均を僅かに下回る程度、成績は中の中の下、基礎体力は無きにしもあらずだが球技はいたってニガテ、そんな平々凡々を極めたような俺がまっとうに清々しい晴れやかな中学生活を送ることなんて出来るはずがあったであろうか。


 むろん、出来なかった。


 だからこそ、地元で二番目の進学校に入学した時には、心機一転、男もすなる高校デビューといふものを阿呆の俺もしてみむとてするつもりだったのだ。

 だがしかし、そんな地に足のついていない目論見は入学式のあとのホームルームにて早くも崩れ去った。

 教室で心静かに名簿順に並んだ席に座っていると、唐突に前に座る女子が振り向いて声をかけてきたのである。


 俺は焦った。


 何せ、昨日から徹夜で考えた爆笑必至の自己紹介について、かれこれ二百回目の暗唱をしていたところだったのだ。


「ねえ、君?」

「……好きな食べものはしおこんぶ、ニガテなものはお茶漬けのあられ、彼女と行きたい場所は表参道……」

「ねえってば!」

「ふぁいっ!?」


 眼の前で小動物系の陽気な少女がこちらを見つめていた。おおっぴらに言って美少女である。


「ねえ、君の名前何て読むの?」

「な、なかふぁらかずふさ……」

「へえ、そうなんだ! 面白いね!」


 ドッキーン☆ などという派手な音を立てて跳ね上がった俺の心臓に小一時間説教したい。


 お前、ちょろすぎ。


 だいたい、何で名前の読み方訊かれたぐらいでキョドってるんだよ、何か変なところで噛んじゃってるしクソダサの極みじゃねえか、ていうかアイツも人の名前面白いって何だよ、あと無意味に首かしげながら笑顔見せるのやめろよ、そのサイドポニーに括ってるゴムについてる星のキラキラおかしいよ、超可愛いじゃん!!


 思えばこれが、この女、仲居真昼との最悪の初対面であり最低な一目惚れであった。

 その後、真昼の笑顔で脳髄が破裂した俺は、あれだけ諳んじたはずの自己紹介文をものの見事に忘れ去ってしまい、いざ本番で言えたのはこれだけであった。


「な、なかふぁらかずふさです! 好きなお茶漬けは表参道です!」


 クラスの半分が失笑に包まれ、もう半分はドン引きだった。


 笑っていたのは朝倉さんだけだった。






 それからというもの、真昼はことあるごとに俺を誘惑してきた。


「消しゴム忘れたの? じゃあ、はい。半分あげる! これでおそろいだね!」


 いやいや、わざわざ消しゴム半分にしなくてもいいだろ、てかそんなの押し付けられても重いわ、あまりの愛の重さにフォーリンラブだわ!


「えっ、もしかして帰り道いっしょ? じゃあ、いっしょしようよ!」


 一緒ってお前、電車通学なんだから駅まで同じに決まってるだろ、しかも電車は逆方向じゃねえか、ていうか手を引っ張るのやめろ、ドキドキしすぎて心臓止まっちゃう!


「あー、喉乾いちゃった。ねえ、そのお茶ちょっとちょうだい?」


 ええ、そんなのダメに決まってるだろ、ペットボトルだぞ、俺が口つけて飲んでたんだぞ、お前も口つけたら想像上にしか存在しない間接キッスになるじゃないか、あー今なった!!


 だが、俺はこのように執拗な攻撃にも耐えうる理性をまだかろうじて保っていた。

 何故なら、高校デビューという当初の目的を果たすことをまだ諦めていなかったのである。

 痛恨の自己紹介でクラスメイトに与えた印象はなかなかに覆し難いものであった。それでもなお根気よく会話に混じっては面白いことを言って改善に努めていたのだが、


「ああ、それってアレでしょ、からしに練り消し混ぜるようなものでしょ?」


 絶望的に笑いのツボがかけ離れていたらしく、会話どころか教室中が凍りつくという事態が多発していた。


 笑っていたのは朝倉さんだけだった。


 いつしか、『永遠に売れないピン芸人』という栄誉ある蔑称を賜り、その頃には俺はあらゆる会話から戦略的撤退を敢行していた。






 そんな俺に構ってくるのは真昼だけになっていた。

 そこはかとなくクラスの中で浮いてる雰囲気を感じ取っていた俺にとって、真昼の存在はまさしく暖かく照らす太陽のようだった。


 こんな天使のような人がいるだろうか、前々から積極的に絡んできてくれてはいたが最近は特に多く感じる……。もしやこれが愛か!? あの永遠とか無償とか真実とか言われるあの愛か!?


 そう思っていた俺はまさに救いようのない阿呆であった。

 事実、俺は真昼に愛の告白をしてしまっていたのである。


 十月十一日、文化祭が終わった放課後のことであった。

 もはや何と言って告白したのかも覚えていない。たしかこの時、告白の文言を千回は暗唱していたはずである。ちゃんと言えたかは知らぬが、どうやら真昼にその内容は伝わっていたようだった。

 伝えた後、真昼はまつげを二回瞬きさせて、こう答えた。


「あー、ピン君はちょっと違うかな。ゴメンね!」 


 真昼はいつものように笑って走り去った。俺は左右を見渡して、笑った。


「ハハ、へえ、ちょっと違うんだ。へえ。面白いな。そっか、なら仕方な」いわけないだろばああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああか!!!!!!

 ええ、何、あれだけ誘惑してたのに恋愛感情はなかったの!? じゃあ何だ、友達? ただのトモダチか!? てか、『ピン君』って何だよ、ちゃんと名前で呼べよ、そういや一度も名前で呼ばれてなかったわ!!


「えへへ、ピン君のポケットの中、あったかいね」


 前にそうやって俺のズボンのポケットに手を突っ込んでたのもトモダチだからなのか!? トモダチはポケットの中で恋人つなぎするものなのか!? だったら恋人つなぎじゃなくて友達つなぎって言えよ!! というか何があったかいだよ、お前の心の冷えっぷりにびっくりだわ。ああ、だからそうやって上目遣いで見つめてくるなよ、思い出しただけでもやっぱかわいいなチクショウ!!


 その日、俺は家に帰って泣いた。

 次の日とそのまた次の日は学校を休んだ。オ○ニーだけは捗った。余計に気分が沈んだ。






 女なんてクソである。

 これは疑いようのない事実である。

 俺が十七年と二ヶ月を生きて得た経験則であった。


 二年生となっていた俺は、栄光あるぼっちを積極的に選択し、女子はもちろん男子であっても近寄らせないように、堂々と胸を張って自分の机で縮こまる日々を送っていた。

 何故に俺がこのように肩身の狭い思いをしなければならないのか。

 それもこれも真昼などという女の形をした悪魔にそそのかされたからである。

 いや、そもそも女という存在自体が忌避すべきものなのだ。

 かの偉大なる哲学者、ショーペンハウアー先生もこう仰っていた。


「女は生まれつき偽るものである。従って、賢女だろうが毒婦であろうが、偽ることにかけては、同じように巧みなのだ」


 そうだ、まさに女は偽るものなのだ、騙すものなのだ、そそのかすものなのだ、つまりクソだ!

 だから、たとえ電車に乗っている時に、目の前で女生徒が痴漢被害に遭っていたとしても、俺には救ける理由など、どこにも存在しないのだ。


 たとえそれが、

 同じ学校の制服を来た、

 クラスメイトの、

 クールで知的で成績優秀な美少女の、

 あまりに誰に対しても媚びないので『絶対に媚びない系女子』と呼ばれている、

 何故か俺のことを笑っていた、

 朝倉さんであったとしても――


「(あれ、朝倉さんじゃないか)」

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