エピローグ
第32話 ヤクモ<神域>:再会
「――なさい……」
直接、頭の中に響くような感覚。
「目覚めなさい……目覚めなさい――<勇者>よ」
またか――
「いったい何の用だ! ――て!?」
気が付くと、俺は実家のリビングにいた。
いや――元の世界に戻って来た訳ではない――ということは、直ぐに理解した。
「……」
「あら、反応が薄いのですね」
自称<女神>は――ふふふ――と笑う。何が楽しいのやら。頭が痛くなってくる。
どうやら、夢の中のようだ。大司教に取り憑いていた<魔物>を退治したため、自称<女神>が干渉しやすくなったのかも知れない。
(今更出て来て、何の用だろう?)
「ご苦労様でした。<勇者>ヤクモ――貴方のお陰で、最初の危機は去ったようです」
この自称<女神>に言われると、どういう訳が素直に喜べない。
「何処まで知っていた?」
俺の問いに、
「いえ、何も――わたしは神子の少女・シグルーンの夢に出て、神託を与えただけです――貴女を助けてくれる<勇者>を召喚しなさい――と……」
「その割には、好感度が最初から高かったんだが……」
「あの年頃の女の子は、あんな感じなのでは?」
シンデレラ症候群という奴か? 残念ながら、俺は白馬に乗った王子様ではない。
「で、どうです? このまま付き合ってみては?」
随分と軽いノリで言ってくれる。
「できるか! シグルーンはまだ、14歳だぞ……」
些か大人びているとは言え、まだ子供だ。そんな俺の台詞に、
「この国では、問題ないと思いますが――それに<勇者>と<姫>――お似合いではないですか?」
どうやら、この自称<女神>には、敬意を払う必要が一切無いようだ。
まぁ、最初から払うつもりは無いのだが――
「それは、俺に国王になれ――という意味か?」
「そうしてくれるのであれば、わたしとしては安心です……」
何処まで本気なのかは、わからない――俺は大人になったシグルーンを少し想像してしまった。美人になるだろう。今にして思えば、何処となく鷲宮さんに似ていたことも、彼女を助けた理由の一つだろう。
そんなことを考え、油断してしまった俺が悪かったのか、自称<女神>が急に顔を近づけてくる。一歩下がる俺。自称<女神>は、
「それよりも、酷いのではないですか?」
何だか怒っているようだ。心当たりが無い。
「何がだ?」
「【信仰】です【信仰】! わたしへの愛が足りません!(プリプリ)」
――いや、そんなモノは端から無い。
俺は溜息を吐くと、
「俺も言わなかったか――俺の母親の恰好をするのは止めろ! ――と」
睨んでみるが、効果は無いだろう。
最初に現れた時もそうだったが、自称<女神>は、俺の母親の姿をしている。
(いったい、何の嫌がらせなのか……)
小柄で華奢な体躯にロングウェーブの髪。顔は小さく、肌は色白だ。
大きな瞳は澄んでいて、光の加減で緑色にも見える。
(まさに瓜二つだ……)
しかし、服装は母親の趣味ではない。彼女はフリルやリボンが多く付いた少女趣味のモノを好む。しかし、今着ているモノは、首元から胸元の部分が大きく開けた、ネックラインが特徴の白いワンピースで、見る者に清楚な印象を与える。
ローブ・デコルテに近い形状だろうか?
髪飾りや長い手袋を付けてはいないことから、下は当然素足なのだろう。
息子の俺が言うのも何だが、見た目は完全に美少女そのモノだ。
高校生の息子がいる――と言っても、誰も信じはしないだろう。
だが――現役の女子高生――と言った場合は、誰もが信じて疑わないだろう。
かつて、その美貌と愛らしいキャラ設定で一世を風靡したアイドル・桃月胡桃――その人であった。息子である俺としては――妖怪ロリババア――と一言で片付けてしまいたいところだ。
コホン――と自称<女神>。
「前にも説明しましたが、これは貴方が最も危害を加えることのできない人間の姿です」
(まぁ……そりゃ、母親は殴れないだろう――)
「わたしが好んでこの姿をしている訳ではなく――貴方にはそう見えている――ということで納得してください。他の人間であれば、わたしのことは違う女性の姿に見えるでしょう」
(それは前にも聞いた――)
「また、<女神>に恋をされても困りますので、絶対に恋愛感情を抱かない姿でもあります」
(何だ、その余計な仕様は……)
「色々と文句を言いたいところが、黙って聞いてやる……続けろ」
俺が言うと――わかりました――と自称<女神>。
「どうしやら、あの<魔人>の目的は、<魔王>を召喚することのようです」
――やはりな。
「<魔王>――つまり、サクラの召喚は阻止できないんだろ?」
「はい――ですが、これで咲良さんが<魔人>の手に落ちる可能性は回避されました」
冷静になって考えると、<勇者>として召喚されたその場で――全員殺されてしまう――という最悪の可能性もあったということだ。そう考えると、俺の行動は皆を救ったことになる訳だが、誰にも言うことはできない。
――少し寂しい。
「ありがとう。<勇者>ヤクモ。ご武運をお祈りしています」
まぁ今は、この自称<女神>の言葉で満足しておこう。
こうして、俺の異世界での冒険の幕は閉じた――いや、幕は開けた。
( 始 )
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