守役の争奪戦
「
不機嫌に声をかけてやれば、成唯は幾分ばつが悪そうに目を泳がせた。
「
やはり
「最初、俺の所に来たのが誰だと思う?
「あー…。伊崔だったのか」
守役に立候補した
何代か前の宗主の長男で、度を越した子ども好き。今も暇さえあれば愛依を連れて里に出て、子どもと遊んでいるような奴だ。
「問答無用で追い返したがな。
そしたら朝には、自分の愛依を推薦する奴らが長蛇の列だ。どいつもこいつも愛依に骨抜きにされやがって」
忌々しそうに続ける葵翳から成唯はそっと目を逸らせる。下手な口を挟めば、やぶ蛇になりそうだ。
「その上、この件には宗主も口を出してきたぞ。
宗主は末子の
無事に育つか気になるから、兄の
成唯は顔を
宗主、
他ならぬ宗主がそう頼むならば、言う事を聞かない訳にはいかないだろう。
「じゃあ一枠は決まりか。
後の二人は誰にするんだ?」
葵翳は漏れそうになるため息を噛み殺した。
「お前たちは一体、俺にどうしろと言うんだ。
誰を選んでも文句が出そうだし、皆の言い分を聞いて悠長に選んでいる暇もない。
仕方がないから、今回だけは祝主の格で押し通す」
途端に顔を輝かせる成唯を見て、葵翳は幾分うんざりと言葉を足した。
「その代わり、他の奴らに恨まれても俺は責任は取らんからな」
成唯は葵翳の言葉など聞いちゃいなかった。
自分の可愛い愛依が喜ぶ顔を想像し、早くもにやついている。
「じゃあ、二人目は妓撫で決まりだよな。
三人目は誰にするんだ? やはり格付けから選ぶのか」
うきうきとそう聞いてくる成唯に葵翳はいやと首を振った。
「
「宜張? ……なるほど。
沙羽は隠れに入った
たおやかで賢明な女性であり、今まで一度もその立場をひけらかす事はなかったが、今回は珍しく葵翳に直接ねじ込んできたらしい。
そういや宜張は子どもが好きだったなとぼんやりと考えていた成唯は、そのため危うく葵翳の次の言葉を聞き落とすところだった。
「お前は依人筆頭補佐で、今は闇の時代だ。
成唯は思わず仰け反った。
そんな事、聞いてない!
「し、しかし、それは……」
愛依の妓撫は成唯の恋人でもある。十年も会えないなど、成唯的にはありえない。
「沙羽も宮の傍から動けないし、ちょうど釣り合いが取れるだろう。
守役となった愛依に会いに行けないというのであれば、他の奴らも納得するだろうし」
皆は納得するかもしれないが、それではあんまりだと成唯は思った。
「ならば、佑楽は?」
せき込むように問いかければ、葵翳は呆れた顔を向けてきた。
「だから、宗主の頼みだといっただろう?
宗主は司凉の愛依の様子を知りたがっているし、佑楽は時折泉恕を訪れてその様子を伝えてやるんじゃないか」
成唯は悔しそうに俯いたが、そんな成唯を横目に、本当に宗主の願いかどうかはわからないがな……と、葵翳は内心そう呟いていた。
宗主が自分に頼んできたのは本当だが、そう言うように根回しをしたのは、実のところ佑楽のような気がする。
先ほど佑楽にその内意を伝えた時、佑楽は明らかにほっとした顔をしていた。
元々腹芸が得意な奴ではないし、おそらく愛依の架耶にねだられて困りきった末、弟の儀容に相談し、儀容が佑楽のために動いた、真相はおそらくそんな所ではないだろうか。
とはいえ、そんな事を口にすればあちこちから不満が出そうなので(特に目の前のこの男から)、葵翳は賢明にこの疑惑については黙っている事にした。
それにしても…と葵翳は思う。
魂の片割れである愛依が可愛いのは理解できるが、こいつらはちょろすぎだろう。
ちょっとおねだりされたら、ほいほいと言う事を聞こうとするなんて、祝主としての自尊心はどこ行ったと思う葵翳だった。
さて、そんなこんなでいつの間にか
柔らかなお
その顔色はやや黄みを帯び、まるで万歳でもするのように両の肘を曲げていた。
「何てちっちゃいの……」
思わずと言った口調で
まるで妓撫の掌にすっぽりとおさまりそうだ。
「見てて」と
「か、可愛い……」
あざといほどの愛らしさに妓撫が悶絶した。いつもはきりっとしている顔が、見る影もなく緩みまくっている。
隣で見ていた
依人たるもの、ここは冷静にこの赤子を観察すべきだろう。
赤子はどこか黄色っぽく、眉はなく鼻は申し訳程度で、目は線のように細かった。
「こいつ何か、さ…」
まで言い掛けたところで、妓撫に慌てて口を塞がれた。宜張が何を言おうとしたか、瞬時に気付いたらしい。
口を塞がれたまま、宜張は横目で妓撫を見た。
猿みたいと言おうとしたのを感付いたという事は、おそらく妓撫もそう考えたのだろう。
失礼な事を言われかけた赤子はぐっすりと寝入っている。
そのうち何を思ったか急に不細工なしかめっ面をし、すぐにまたにへえと顔を弛緩させて、見ている者を脱力させた。
そんな風に顔合わせも終わってその日の日付が変わろうとする頃、赤子に再び異変が訪れた。
ぜいぜいと嫌な呼吸をし始めたのである。
すぐに
「おー、元気に血を啜ってんなあ」
祝主の指を
呼ばれた時は、くたあっとぼろ雑巾のような感じになっていたのに、司凉が指で口をつついてやった途端、必死になって指に吸い付いてきた。
そのギャップが何とも言えず愛らしい。
架耶も妓撫もうっとりとその様子を眺めていたが、赤子が慕う唯一無二の祝主だけは、その感じ方が守役三人とは大きく異なっていたようだ。
さっさと飲み終えろとばかりに殺気立った眼差しを赤子へと向け、赤子が満足して眠りに落ちるや否や、「仮腹に返しておいてくれ」とさっさと守役に押し付けて部屋を出ていった。
残された守役三人と殊額は無言で顔を見合わせた。
「祝主って、
赤子を大事そうに抱き直しながら妓撫が不思議がる。
「司凉は愛依が生れて嬉しくない訳?」
「そういや、余り嬉しそうな感じはないな」
殊額はちょっと首を捻った。
「昨晩も二度死にかけたし、どっちかというと煩わしく思っている気がする。
でもまあ、本能では大切に思っているんだろう。本当に不要だと思っているなら、わざわざ血分けはしてやらないだろうし」
「……あそこまで愛依に淡泊な祝主も珍しいが、この子も体が弱すぎやしないか?」
そう問いかけたのは宜張である。
「愛依って普通、宮の
「だよなあ」と殊額も同意した。
「そもそも宮は生命線の太い子を
そう言って殊額が指の腹でちょんと翔士の頭を小突くと、翔士がうくぅと小さな声を上げた。
「可哀そうに。翔士だって苦しかったよね」
架耶が優しく声を掛け、ぎゅっと拳を握っている翔士の手を優しく撫でてやった。
「まあ、体が弱いのは仕方がないわ。
妓撫が豪快にそう言い放ち、宜張と架耶の二人が揃って頷いた。
何と言っても高倍率を勝ち抜いて(頑張ったのは己の祝主だが)掴んだ守役の座である。
間近でちんまい同胞の成長を見守れるわけだからとことんこの守役生活を楽しもうと、三人は寝入った赤子を前に決意を新たにした。
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