アビリティ・ランキング:旧世代伝説

渡貫とゐち

1章 キセキはその手に

第1話 突然の訪問者 その1

 それは唐突だった。

 いつも通りに朝食を食べて、制服に着替えて、学校に行くはずだった。

 そして、いつものくだらない日常がはじまるはずだった。


 だが、変化は突然、訪れる。

 中学三年生である、一道いちみち陽斗ようとは窓を開け、外を見る。

 すると、他の家からも同じように、窓から顔を出す者が何人もいた。


 そして、その者たちの目線は必ず上――空へと向かう。

 陽斗も同じように空を見た。

 そこには、


 一人の、布を包帯みたいにグルグル巻きにした男らしき者が、


 浮いていた。


「――なっ!?」


 陽斗はその光景に息が詰まる。

 それもそうだ。

 今までの人生の中で、人が空に浮いている……なんて事はなかったのだから。


「なんだよ! あれ!?」


 一人、部屋で叫ぶも、それに返してくれる者はいない。

 親は母親一人。

 そして今は海外出張中。


 正真正銘の一人。

 ワクワクドキドキな一人暮らしだが、

 こういう非常事態に頼れる大人がいないというのは、心細い。


 近所のおばさんに頼るという手があるが、それはしたくなかった。


(おばさんには悪いけど、そこまで信頼してる訳じゃないからなぁ……)


 陽斗はどちらかというと人見知り――、

 という訳じゃないが、あまりそういうのは得意ではない。


 友達もそこそこにいるが、関わらない時は一切、関わらない。

 それが、一道陽斗という人間だ。


『諸君――見てくれ、聞いてくれ』


 いきなり町全体に響く声が聞こえた。

 マイクなど使っていないのに、その声はすごく鮮明に聞こえる。


 この町どころではない。

 これは、全世界に聞こえているのかもしれない。


『今からこの世界を、変える』


 はぁ? と思った。

 だが、謎の男はまだ続ける。


『このつまらない世界は、

 いわゆる、ファンタジー世界へ変わるのだ』


 頭で理解できない。

 そもそもファンタジー世界とは、なんだ? 

 と、陽斗の思考がぐるぐるとフル回転する。


 だが、答えなどで出ない。

 出るはずもない。

 目の前にいる存在は、自分の妄想を叫ぶオタクにしか見えなくなっていた。


 そこで一つ、違和感があった。

 もし、オタクの類なのだとしたら、いや、オタクでなくともいい……人間ならば。


 なぜ、宙に浮いてられる?


 ゾクッとした。


 もしかしたら、あれは人間じゃない、

 得体のしれない、ナニカなのかもしれない――。


『そこでだ。諸君には一つのゲームをしてもらおうと思う』


「ゲーム……だと?」


 陽斗は嫌な予感がした。

 あんな宙に浮いた奴が、

 みんなでトランプやりましょうとか、

 協力する狩りゲーをやりましょうなど、言うはずもない。


 それに謎の男が言っていた。

 ファンタジー世界に変えると。


 ファンタジー世界とは、

 ゲームのRPG世界、そのものではないのか?


(まさか、魔王を倒せとか言うんじゃないだろうな!?)


 だが、その予想ははずれた。


『サバイバルゲーム。

 諸君らには自分の能力【アビリティ】を使っての、

 ランキングサバイバルをしてもらう』


「ランキング……サバイバル?」


 それだけじゃよく分からない。

 それに、アビリティとはなんだ?

 自分の能力など、あるわけないじゃないか。


 全国民もそう思ったようで、一斉に謎の男に叫ぶ。


「ふざけるな!」

「朝っぱらからなに遊んでんだ!」

「いい加減にしろ!」


 持てる限りの悪口を言ったような感じだった。

 それに叫んでいるのは全てオヤジ共だ。

 それ以外の者は叫ぼうとはしない。


 どこかで気づいてしまっていたのだ。

 ――これは、本当なのだと。


 いちいち吠えるのは想像ができないオヤジだけ。

 それはまだ、この状況を信じ切ってない、幸せ者たちなのだ。


 そして、オヤジ共に触発されて、周りの者たちも一斉に、叫び出す。


「そ、そうだ! そうだ!」

「こんな事はもう止めろ!」

「遊びじゃ済まされないぞ!」


『――うるっせんだよ! この世界の汚点共がッ!』


 その怒鳴り声に、叫んでいた者たちが黙る。

 布で表情は分からない。

 けど、あの謎の男にも、感情はあった。


『てめぇらみたいのがいるからこの世界はつまんねぇんだよッ!

 だから変えるッつってんだ!

 この腐れ切った世界をなァ!』


 謎の男が言ってる事は、自己中心的な考えだ。

 この世界の人間の事を考えちゃあ、いない。

 けれど、陽斗はその考えには、共感ができた。


(そうだ。そうじゃないか。いつも言っていたじゃないか、この世界は腐ってるって)


 この世界は腐ってる。

 これも陽斗の自己中心的な考えだ。


 けど、それが普通だ。

 もし、自己中心的ではなく、みんなの事を考え、

 それでもこの世界が腐ってるというのなら、

 そいつはこの世界の入り口すら通っていない。


 周りの柵から上辺だけを見て、分かった風に言っているだけだ。

 だけど、謎の男は違う。


 自己中心的に、自分の思った事をただ言っているだけ。

 そして、世界を変えようとしてる。


 上辺だけを見て、偉そうに言う奴よりは、全然良い。

 陽斗は少しだけ、変わった世界もいいかなーと、そう思ってしまった。


『言うのは一回だけだ。あと少しでこの世界は変わる。

 これは避けられない。

 そして、あちらの世界では、一番最初に強く願った事が、

【アビリティ】……つまり能力になる』


 そして、


『そのアビリティの強さによって、ランキングの順位が決まる。

 ここからがサバイバルゲームの始まりだ。

 自分よりも強い相手を倒せば、それよりも高い順位にいける。

 どうだ? もうだいたい、分かっただろう?』


 なるほどな、と陽斗は感心した。


『ちなみに私は一位だ。

 私を倒せば世界は元に戻る。戻したければ、勝ち上がってくるんだな』


 それと、と付け足し、


『これ以上の説明はしない。

 後々、説明する事もあるかもしれないが、

 基本的に自分たちで確かめろ。以上だ』


 謎の男は、一瞬でその場から消えた。

 この世界が静寂に包まれた。


 誰かが絶望しているかもしれない。

 誰かが悲観しているかもしれない。


 けれど、静寂だった。



 二〇二五年、七月十八日、夏休み直前。


 この日、世界は、


 ――変わった。

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