11-2 【使い魔】雛霧 鴉鼓

 エレーヌの部屋に向かう最中、少しどこか嬉しそうなかぐやに鴉鼓が話かける。


「かぐや様は相変わらず素直じゃないラー。空色の小僧と、あのままでは体を壊す姉を助けるためにエレーヌに、その刀の修復を急がしたラー」


 かぐやは少しだけ不愉快な顔をして、鴉鼓を見るがいつもの殺気はない。

 鴉鼓は調子に乗ったように、話を続ける。


「我をどん底から救ってくれたのも、かぐや様ラー」


 今度はかなり不愉快な顔をするかぐや。流石に鴉鼓も話を中断しようとした。


「鴉鼓よ。うるさいの」


「申し訳ないラー」




———異世界、50年以上前



 ここは最後の楽園”アレクサンドロス”内で唯一、楽園と呼ぶには程遠い場所。 


 どの戦争にでもあるように、神々側と堕天使側の戦争が長引く中、捕虜という名だけの奴隷制度が”アレクサンドロス”であっても存在していた。


 もちろん働かせられているのは、”人間族”や”巨人族”、”魔族”など堕天使側についた種族の様々だ。


 凶悪な者は牢獄に閉じ込められ、それ以外の力の弱き者は朝から晩まで休む事も許されず働かされていた。


 そんな奴隷たちの間でも、差別というモノは生まれ、力の弱い者は力の強い者に支配されていた。


「おい! 鴉鼓! この落ちこぼれが!」


 1羽の小柄な”魔族”出身のカラスが、今日も”働き場”を仕切っている”魔族”にこき使われている。


  鴉鼓は体も小さく力も持たないため、他の”魔族”の言いなりになって皆よりも過酷に働かされていた。


「我は何もできない落ちこぼれラー……」


 鴉鼓は仕事をひと段落させ、1羽寂しく”働き場”の隅で体を休ませていた。


 すると何やら騒然とする、”働き場”の中心部辺り。


雛霧ひなぎり様! ここに来てはなりません!」


 声を荒げているのは、”働き場”の監督をしている屈強な”ドワーフ族”の男たちと、奴隷たちを仕切っている”巨人族”の男たち。


「其方ら……。余のやることに文句があるのかえ?」


 どうやら皆が皆、その小柄な着物を着た女性に怯えているようだ。

 女性から一定距離をとっている。


(あれは……、”鬼族”ラー。多分、使い魔になる者を探しに来たのラー。)


 異世界の”鬼族”は古来より、使い魔として”魔族”を自分に従わせていた。

 この”アレクサンドロス”に来てもそれは変わらないが、”鬼族”の者が直々に”働き場”を訪れることなど1度もなかった。


 ”鬼族”に仕える使い魔は、奴隷の中でもかなり優秀な者だけ。


 鴉鼓は自分には関係がない事だと、騒動には加わらず体を休めていた。



「おい。そこの鴉、名前は何じゃ?」



 突然、背後に現れた”鬼族”の女性。その女性の放つ殺気に驚き、声を出すこともできない鴉鼓。オドオドしていると、”ドワーフ族”の男が女性に寄ってきて焦った様子で話かける。


「ひ、雛霧様! それは落ちこぼれです! 話をかけてはなりません!」


 女性は有無を言わさず刀を抜き、”ドワーフ族”の男の首元に刀身を向ける。

 総監督者である”ドワーフ族”の男は腰を抜かし、ガクガクと震えている。


「何度も言わせるな。余の自由にさせよ」


「は、はい……っ」


 女性は刀を鞘に納めると、鴉鼓の横に座った。

 鴉の鴉鼓にでも分かる。その女性は、まだ幼いながらも綺麗さと妖艶さをあわせ持ち、鴉鼓でも息を飲むほどの異次元の美しさであった。


「さて、静かになったの。鴉よ、名前は何と言うのじゃ?」


「あ、はいラー。鴉鼓というラー」


「ほう、鴉鼓と申すか。良い名じゃの。うむ、気に入ったぞよ。其方を余の使い魔にするぞよ」


 鴉鼓を含め周囲の全員が唖然とした。

 ”ドワーフ族”の総監督者である男が、それだけは許せないといった様子で声を荒げる。


「雛霧様!! それだけはなりま……!!」


 誰の目にも止まらぬ速さで、女性は刀を鞘から居合切りの仕草で振り抜く。

 ”働き場”にかなり大きな切断面ができる。

 

 総監督者のギリギリ横を斬撃はかすめたようだ。

 総監督者は腰を抜かす。


 女性は静まり返る皆に、静かに口を開く。


「皆、もう口を開くでない。それとも本気で余を怒らせたいのかのう?」


 そう言うと女性は鴉鼓に自分の肩に乗るように促す。

 鴉鼓は女性の言う通りに肩に飛び乗る。


 そうして鴉鼓は”働き場”の外に出た。

 

 女性はどうやら”鬼族”の支配する、”アレクサンドロス”にある遊郭に軟禁されているみたいだ。だが、歳を重ねるごとにその力は増すばかりで最早、軟禁から逃れ自由に外を行き来することは造作もない事だそうだ。


 しかし、自分が他の街をうろつくと皆が恐れると言い、大人しく遊郭に帰って行く。

 


 遊郭への帰り道。 


「鴉鼓と言う名前なのに、太鼓は持っておらぬのか?」


「我は底辺の使い魔ラー。そういうものは……ないラー」


 女性は少し考え込むような仕草をするが、納得したように鴉鼓に話かける。


「ほう。そういうものなのじゃな……」


 女性は少しだけ悲しそうな目をしていた。

 話題を逸らそうと今度は鴉鼓の方から話かける。


「ところで……、かぐや様は何故に我を選んだラー?」


 女性は鴉鼓を選んだ理由は答えなかった。


 その代わりに、少し不機嫌そうな表情を浮かべた。


「かぐやと言う名前は嫌いじゃ。雛霧と呼びなんし」


「ラー? 素敵な名前だと思うラー。叶月夜。かぐや様にピッタリな名前だと思うラー」


 女性は少しだけ照れたような表情を浮かべた。


 綺麗さと妖艶さが相まって、大人びた印象を最初は受けたが照れたような表情にはまだまだ幼さが残っていた。少し頬を赤らめながら鴉鼓に聞いてくる。


「本当に……、そう思うかえ?」


 鴉鼓は大きく頷いた。

 ウソではなく本当に本心を言ったからだ。


 この女性には”雛霧”という名前より、”かぐや”という名前の方がピッタリだと本当に思った。


「かぐや様にしか、相応しくない名前ラー」


 女性は自身から放っている殺気が嘘のように、鴉鼓に対して満面の笑みを浮かべた。


「ならば、かぐやと呼びなんし」


「ありがとうございますラー」



 次の日。


 鴉鼓は使い魔にあろうことか、主人であるかぐやよりも遅く起床してしまった。


 これまでいた”働き場”と比べ、余程かぐやの側にいる方が居心地が良かったこともあったのだろう。急いでかぐやのもとに行こうとする鴉鼓。



 首元にいつもと違う違和感があった———




 鴉鼓の首には鴉鼓の体のサイズに合わせた、さぞ高級品であろう赤色の小太鼓が掛けられていた。







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