8-5 玩具のサングラス

———各々が自身の敵と対峙する中、雑木林内



 1匹の人狼が上空から落ちた衝撃で、軽く脳震とうを起こしている。

 

 その人狼に対して無慈悲に雷の攻撃を浴びせる壱龍。

 壱龍の目には弟を哀れむ色は浮かんでおらず、ただとして始末する殺意の色しか浮かんでいない。


 寸前のところで雷の攻撃を回避する人狼。

 自分がいた場所には大きな穴が開いており、そこから火花が飛び散っている。

 壱龍の攻撃の落雷の凄まじさを物語っているようだ。


 人狼は参龍から人狼に姿を変え、初めて言葉を発する。


「壱龍兄様! いや、壱龍! これが兄としての対応か!?」


 壱龍は参龍の言葉が聞こえていなかったかのように無視をした。

 そして壱龍は雷の槍を雷の弓に変えて、目にも止まらぬ速さで弓矢を連射する。


 雷が落ちるような轟音と共に、雷の弓矢が参龍めがけて降り注ぐ。


 参龍は寸前のところで弓矢の攻撃を避けながら、壱龍に言葉を掛け続ける。

 もちろん壱龍からの返事はなしだ。


「俺達、壱龍、弐龍の下の兄弟達はいつもお前らと比べられてきた! 護守家の恥だと言われ続けて育ってきた! その悔しさがお前らに分かるのか!? 特に護守家、稀代の天才とされた壱龍! お前には絶対に分からないだろうな!」


 そう言いながら参龍は壱龍に反撃を試みるが、雷の盾を瞬時に張られ攻撃を仕掛けた、こちら側が傷を負う事態となる。


 壱龍、弐龍の武器は、己のイメージ通りの形に武器を具現化できる。

 これは武器の類ではなく、護守家に代々伝わってきた技であったが、これほどまでに使いこなせたのは護守家の歴史の中でも壱龍だけだ。


「お前は特に俺達を馬鹿にしていたよな! 兄弟の中でも1番偉い地位について、俺達の事なんて奴隷程度にしか思ってなかったんだろ!?」


 壱龍はまた雷の槍に武器を変化させて、槍の先端から高圧電流を発生させ参龍に向けて打ってくる。


 木々はメキメキという音を立てて倒れ、高圧電流が通った跡には焦げ跡が残っている。参龍は又もや寸前のところで避けたが、もう絶対に壱龍には勝てないと諦めた。


 参龍は腹をくくり壱龍に捨て身の攻撃を仕掛ける。捨て身の攻撃とはいえ、壱龍に傷を付けれれば良い方だ。


 参龍は全身の力を解放する。全身を狼の体毛で覆われた参龍。毛はすべて逆立ち、4足歩行の姿勢をとり完全に野獣化した。


「ガガガッ……。こ、これで、さ……最後、だ。もう、俺は言葉も失……う。ガガガッ」


 徐々に本物の野獣に変貌していく参龍を見て、壱龍は自身の胸ポケットからサングラスを取り出した。そしてそのサングラスをかけた。


「ガガガガガッ……。も、もう、俺の顔も見たく……な……い……と。ガガガガガッ」



 グルグルルッ!! グオーーーーーーーンッ!!



 一瞬で勝負はついた……。


 もちろん壱龍の勝ちで。


 壱龍に心臓を一突きにされた、参龍は消えゆく命の中で壱龍の顔を見る。


 壱龍のサングラスがいつも掛けているものと違う。



(ああ。壱龍…………。それ……)



———



「壱龍兄様! お稽古、お疲れ様です!」


「おお、参龍か。ありがとうな」


「あ、あの、壱龍兄様……」


「ん? どうした参龍?」


「ぼ、僕も壱龍兄様のように強くなりたいです!」


 壱龍は優しく、俯く参龍の頭を撫でた。

 そして壱龍には珍しく人前で笑顔を見せた。


「なれるさ参龍。参龍は兄弟の誰よりも努力を惜しまない。いつかきっと護守家を背負って立つ存在になれるさ。そうだ、参龍にこれをやろう。どうだ? カッコいいだろう?」


 参龍が壱龍から受け取ったのは、護守家が百合園家に仕える時に必需品とされていた黒色のサングラスだった。


「い、壱龍兄様! これは受け取れません! まだ僕は、百合園家にお仕えしておりませんので! サングラス着用は義務とされています!」


「うむ。それもそうだな。なら、代わりにお前のコレを私がもらおう。いいか?」


 壱龍のようになりたいと憧れていた参龍は、壱龍の真似をして玩具のサングラスを持参していた。


「いけません! それは玩具ですよ! 壱龍兄様には……」


 壱龍は参龍の制止の言葉を聞かず、参龍の玩具のサングラスをかける。

 そして滅多に人前では笑わない壱龍が再度、参龍に笑顔を向ける。


「どうだ参龍? カッコいいか?」


「は、はい。壱龍兄様は何でもお似合いです……」


「ははっ。そうか。ならば交換だ。参龍がいつか護守家を背負う時が来たら、また交換しよう。それまで大切に持っておこう。約束だ」


 壱龍は参龍にそう言うと、本当に自分のサングラスを参龍に渡し、自分は参龍の玩具のサングラスを掛けていた。壱龍は周りの大人から激怒されたが、それでも参龍のサングラスを掛け続けた。参龍が百合園家の正式な要人護衛になる日まで。



———



「参龍……。お前を追い込んでしまった。だが、許せ。どんな事があろうと、我らの敵になった者を生かしては置けないのだ」


(壱龍兄様……。俺……僕が悪いのです。誘惑に負け悪に手を染めてしまった。僕を倒してくれたのが、壱龍兄様で本当に良かった……)


 壱龍は死んで人間の姿に戻った参龍を抱え丁寧に平らな地面まで運んだ。

 そして参龍に対して手を合わせた。


 参龍の亡骸の上に、自身の掛けていた玩具のサングラスを静かに置く。


 壱龍の掛けていた玩具のサングラスは涙で濡れていた……。




 遠くの方で弐龍の放つ、竜巻のような強い風の音が聞こえる。


 壱龍は顔を拭い、その風の音の方を向く。


「参龍、少しそこで休んでいてくれ。すぐ迎えに来る……」







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