6-3 腕相撲・覇
「で、何で勝負しますの? 喧嘩ですの? 私は丸腰、ソフィアは剣持ち。まさか将軍ともあろう者が、そんな卑怯な手を使ってきませんわよね?」
「当たり前やん。うーん、たまたま手ごろな机が周りに沢山あるし……。どうや? 久しぶりに」
「賛成ですわ。手軽に勝負がつくし決まりですわ」
ソフィアはカフェの店員がドリンクを作成する、この店にあるお洒落な石造りの作業台を自身のエクスカリバーで、まるでホールケーキを切り分けるような感覚で手ごろなサイズに斬ると、斬り分けた石台を持ち上げクロエの前に置いた。
そして右腕を置いて、かかって来いといった様子でクロエを待ち構えている。
クロエもソフィアの右手をガシッと握り返し闘いは始まった。
そう、腕相撲だ。
両者、開始早々微動だにしない。
ほとんど動いていないが少しだけクロエの腕が台側に傾く。
若干、ソフィアが押しているようだ。
ニヤリと笑みを浮かべるソフィア。まだまだ余裕がありそうだ。
クロエも笑い返すがクロエは全力だ。余力はまったくない。
2人の力は石の台を伝わり、まるで地震のようにグラグラと店内が揺れ始める。
それにより店の窓ガラス、陶器の食器類は次々に割れ、4人以外の客は全員店外に避難した。楓花と蒼涼も店長と一緒に店の机の下に避難する。
やがて、石の台にも亀裂が生じ始める。
外はもうすぐ夏が来るというのに、店の周りの天候だけ豹変し、店の周りだけに大粒の
『この脳筋クソ女。相変わらずの馬鹿力ですわ』
「あれークロエ。もう降参かいな?」
剣術においてまったくの互角のクロエとソフィア。
素早さはクロエが勝っているが、力はソフィアの方が上だ。
『くそっ。1万メートル走とかにしとけば良かったですわ。まんまとソフィアの罠に引っ掛かりましたわ……。そうだ』
「おい。ソフィア」
クロエの問いかけに対して、ソフィアは顔だけクロエに向ける。
「ち、近くで話しても、
クロエのとんでもなく寒い親父ギャグ。だがソフィアにだけは効果的だ。
ほぼ互角の能力を持つ2人、それなのにクロエが”ベアトリクス”に選ばれたのは、ソフィアが人々がドン引きする程のゲラだったからだ。クロエは策を施して大戦中、ソフィアを馬鹿笑いさせて、その隙に武功を上げまくったのだ。
『どうだ。ソフィア……。なに!?』
「はぁ? クロエ、なんか言うてる?」
ソフィアは左手で耳にかかっているセミロングの髪をかき上げ、クロエに耳元を見せた。水の層がソフィアの耳に覆いかぶさり花びらのように咲いている。
「クロエのやりそうなことくらい分かるわ。だから
クロエの腕が更に台側に近付く。もうクロエに余力は残されていない。
ソフィアの紫色の瞳が輝きを増すと同時に、どんどんソフィアは自分の腕に力を入れていく。
「パンダが好きな物はパンだ!!」
「クロエ、なんか声出しとんな。無駄や。あんたの声は私が技を解かない限り、私の耳には届かへん」
『あんたの声?』
「おい! 楓花、私の声は聞こえていますの!?」
「う、うん。聞こえてるよ。クロエちゃん」
「なんでもいい! 楓花! ギャグを大声で叫びますの!」
楓花は机の下に隠れながら、顔を赤らめる。
「え? 私、ギャグなんか知らないよ!」
「なんでもいいですの!! 楓花の友人が負けてもいいのか!?」
友人という言葉に反応した楓花は机の下からモゾモゾと体を這い出して、店内のど真ん中で胸を張り大声で叫んだ。
「布団がー!! 吹っ飛んだ!!」
猛烈な寒波が店内を襲う。
店長も蒼涼も机の下でブルブルと震えている。
楓花はすぐ顔を真っ赤にして、両手で顔を覆った。
クロエだけがニヤリと口角を上げた。
ソフィアがプルプルと体を震わせている。
「ふ、ふとんが……ふっとんだ……って? ぷぷっ」
ソフィアの腕の力が一気に緩む。
この機を逃すまいと、クロエは持てる力、全てを出し切ってソフィアの腕をソフィア側の台に叩きつけた。
「あかん! もう……あかんて! ははははははっ!!」
腹を押えて笑い転げるソフィア。
クロエは約束通り、ソフィアの腰からエクスカリバーminiを奪い取る。
「エクスカリバー獲ったどー!!」
勝利の雄たけびを上げるクロエ。
涙を流す店長と唖然とする蒼涼。
顔を両手で覆い隠したままの楓花。
数分後。
店を後にしようとするクロエと楓花。
店内では未だに笑い転げているソフィアの笑い声だけがこだまし続けている。
そのソフィアの状態を何かを悟ったように見つめる蒼涼。
ボロボロになった店内で泣き崩れている店長。
楓花がその店長の様子に気付き、店長のもとに駆け寄る。
「あ、あの……。ごめんなさい!! お店、弁償させて下さい!!」
楓花の言葉に店長は力無く顔を上げる。
「ここは一等地の店舗だよ? お嬢ちゃんに弁償なんかできないよ……。君だけは優しいんだね。おじさんはもう君の優しさだけで十分だよ……」
楓花は1枚の紙を店長に強引に手渡す。
店長はその紙を見て、驚愕の表情を浮かべる。
紙には”百合園”の文字と、経営会社直通の電話番号。
「ここに連絡して下さい。事情は私が話しておきます。迷惑料込みで店長さんの言い値で弁償します」
店長は楓花に土下座をする。
「あ、ありがとうございました!! またのご来店、お待ちしております!!」
(この子は女神様だ。そうに違いない。中身も美少女の、正真正銘の女神様だ)
楓花の言い値という言葉に反応し、ソフィアは笑いを即座に止める。
そして死んだ魚の目をしている蒼涼に問いただす。
「あの子、あんたんとこよりも金持ちなん?」
「うん。楓花様の家は僕の家とは住む世界が違う程のお金持ちだよ」
ソフィアは即座に今度はウソ泣きをしながら、蒼涼に話かける。
「蒼涼には本当に世話になっといて、うっうっ。本当に申し訳ないんやけど……。私、今日から、あの子の護衛になろうと思うねん、うっうっ。本当に申し訳ないんやけど、うぐぐっ」
ソフィアの発言を聞き蒼涼は急に目を輝かせながら、ウソ泣きをしているソフィアに話かける。
「うん! もう僕はソフィアさんがいなくても全然大丈夫! 楓花様の護衛、頑張ってね!」
「ありがとうな! ほな、元気でな!」
物凄い速さでクロエ達を追いかけるソフィア。
ホッと胸を撫でおろす蒼涼。
「あー。やっとこれでお父様とお母様に怒られずにすむー。今度はきちんと人を選ぼうっと」
スキップをしながら帰路に着く蒼涼。
彼は自分の屋敷に戻った時、父親と母親に「でかしたぞ! 蒼涼!」と涙を流しながら抱きしめられた。
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