カフェーの女

津田善哉

Kの話

 所帯を持つことになった、Kからそんな話を聞いたのは九月に入ってすぐのことだった。Kとは数年前に通っていた聖書の勉強会で出会った。勉強会は興味本位で参加したに過ぎず、熱心に神への信仰を持ち合わせていたわけではなかった。現にもう通うことは止めてしまった。Kは勉強会の帰りに飲みに行く仲であり、その交流のみが続いていた。友人として祝福すべきだが私には引っかかるところがあり、素直に祝う気持ちになれなかった。Kの話はどこか現実味がなく、ひとりの男と女が一緒になるという所帯じみた様子が垣間見えなかったからである。

 私には思い当たる節があった。それはKのカフェー好きの一面にあった。Kは大して酒は強くなかったが、飲みに行くと必ずカフェーに寄った。贔屓の女給に会いに行くためである。酔いが回り千鳥足となっていても最後には寄った。私もカフェーに行くことはあるが親しい者はいなかった。また、女給に気を許すことはしなかった。酒を寄こすときに客を煽て聞こえの良いことを云い、これ占めたと自分にも一杯強請るのである。昨今のカフェーがそのような店であることは知っていた。彼女らは無給で客のチップによって生計を立てている。女給が贔屓の客をつくるために多少の(時に過剰な)サーヴィスを施すのは当然の成り行きであった。

 Kは来年に相手の女を(Sという)日本橋の家へ呼び寄せるという。それまでこれと云って二人の間に男女の付き合いらしい付き合いはないようだった。私はSがカフェーの女給ではないかと疑った。

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