第3章-4

 それから三日間、僕達は保健室登校を強要された。実際のところ、教師達も非常に困ったらしい。なにせ、悪いのは棚中だ。でもそこに輝耶が絡み、更に僕が絡んだ。どう処分するべきかを決定しかねていると、保健室の溝畑先生に聞いた。

 僕の右足はすでに正常に戻っている。父さんに動けなくなるまで練習に付き合ってもらったお陰か、それとも時間経過なのかは分からない。良かった事には違いは無いけれど、不安ではある。たった一人を蹴っ飛ばしただけで使い物にならなくなる身体なんて、ポンコツも良いところだ。


「俺達には、実戦経験が無いからな……そういう意味では、俺も雅と同じかもしれん」


 そういう父さんだったけど、爺さんから受けた目標は威風堂々。品行方正を目標としている僕よりも大丈夫だろうって思う。

 保健室内で輝耶と軽い組み手をしながら、そんな事を考える日々が続いた。ちなみに溝畑先生にすごく怒られた。輝耶は怪我人だし、そもそも保健室という場所で組み手をする馬鹿がどこにいる、と非常にストレートな御言葉を頂いてしまった。ごもっともです。反省します、すいませんでした。

 授業には出れないけれど、輝耶の部活動は解禁となったので、また放課後をフラフラする日々がやってくる。日常が半分程に戻った感じかな。クラスメイト達は気さくに声をかけてくれるし、技を教えてくれと頼まれたり、空手部に誘われたりと、割と僕の評価は上がっている様だ。ついでに輝耶の評価も聞いてみた。


「喋らなければ、そこそこ可愛いよな」


 余り評価は変わっていないらしい。良かったな、輝耶。クラス内アンケートの順位は変動なしだ。僕が裏切った瞬間、同率最下位の仲間入りだけど。ちなみに、雷は不動の一位をキープしていた。というか、得票数が増えてた。


「いやぁ、儚い姿も美しいと思わない?」


 なるほど。僕のクラスメイト達は情緒が理解できる、素晴らしい文化レベルをもっていたらしい。ガッシリと謎の握手を交わして、仄かな友情をクラスメイト達と交し合い、日々の楽しさを分かち合った。


「あぁ……平和だなぁ」


 そう呟いた時、フと視線を感じる。何度も味わった事のあるこの視線。僕は反射的に振り返った。そこに居たのは――


「……生徒会長?」


 伊勢守剣座がそこに居た。眼鏡のレンズの向こうにある目は、確実に僕を見ていた。アルファベット組特有の、見下す様な目。今はそれに加えて恨みか侮蔑の様な何かも加えられている。

 僕に用があるのは確実だ。恐らく、輝耶の事。それ以外には、僕と生徒会長に縁なんて存在しない。僕は覚悟を決めて、生徒会長へと向き直った。どんな罵詈雑言をも受け止めよう。

好きな相手を傷つけられたのだ。

彼の怒りは、充分に理解できる。


「影守雅」

「はい、伊勢守先輩」


 僕の前で彼は止まった。身長は高く、僕より頭一つ上ぐらい。学年が一つ違うのを鑑みても、かなりの高身長な部類だ。イケメンと呼ばれる類の顔立ちで、頭も良いときたもんだ。僕の持ってない物を全部持っている気がする。


「君のせいで台無しだ」

「は?」

「何てことをしてくれたんだ。彼女に傷が付くという事は、俺に傷が付く様なものだぞ。あぁ、勘違いしないでくれよ。この傷は物理的なものではなく、イメージの話だ」


 何が? え? 良く分からないんですけど?


「考えてもみろ。いや、ノーマル組の君には分からないか。説明してやる。嫁が暴力事件を起こしたとなれば、責任は誰のところへ行く?」


 よ、嫁?


「分からないのか。これだからノーマルは困る。それは嫁を管理できてない僕の責任となるだろう。しかもその際に、君から暴力をもって止められ、頭を怪我したっていうじゃないか。僕に傷物を与える気か? 常識で考えたまえよ。綺麗な物、品質が高い物は素晴らしい」


 こいつは何を言っているんだ?


「しかし傷物は安い。新品であろうと傷が付くと商品価値が下がってしまう。僕はわざわざそんな痛んだ物を買いたくもないんだよ」

「……それって輝耶の事ですか?」

「他に誰が居る?」


 まるで犬か何かを見る様な目で見られた。なんなんだ、こいつ?


「あなたは、輝耶と婚約でもしたんですか?」

「いいや。だが、僕の覇業には必要なのさ。いずれ僕の嫁となる。君は彼女の周りをウロチョロとしていて大変に邪魔なんだよ。あまつさえ、輝耶を傷物にするとはな」


 怒気をはらんだ顔で、生徒会長は僕を見下ろした。


「何が目的かは知りませんけど、輝耶は物じゃないですよ」

「女はステップアップの道具に過ぎん。この言葉を知らんのか」

「この時代に女性蔑視発言ですか。アルファベット組とは思えない思考ですね、先輩」

「黙れよノーマル組。歴史を見ても明らかだろうが。女が社会に進出してロクな事が無いのは明白だ。いいか貴様。金輪際、輝耶の側から消えろ。さもなくば、少々の痛みが待っているぞ」


 僕の肩を人差し指で押し退け、生徒会長は歩いていった。


「……ぶっ殺してやろうか」

「やめておけ。みやび君に前科が付いてしまう。さすがの我が一族も殺人を握り潰す事は出来んよ」


 近くのドアがガラガラと開いて煌耶ちゃんが出てきた。途中から気配を感じたので居るとは思っていたけど。


「一応、携帯で録音しておいた。物凄い武器を手に入れてしまったが……どうする、みやび君?」


 いますぐにでも、その録音内容を公開すれば生徒会長の地位を破壊する事が出来る。だけど、その際にダメージを負う者が居る。


「僕と輝耶まで巻き沿いになってしまうから、それは止めてくれ。……そうだな、少々の痛みを味わってみようか」

「阿呆か、みやび君」


 あれ? 何か間違ったかな、と煌耶ちゃんを見れば少し涙目になっていた。潤む瞳で、僕の事を見上げてくる。


「みやび君が危ないからこそ、録音して切り札を用意したというのに。それなのに、自ら火の中に飛び込むとは、夏の虫以下じゃ。阿呆か、馬鹿か、愚か者か、マヌケか。私の心配など、児戯にも等しいという訳か?」


 僕は少し屈み、煌耶ちゃんと目の高さをあわせた。


「ごめん。心配してくれて、ありがとう。僕なら大丈夫」

「何が大丈夫なんだ? 何を根拠にそんな事をいう?」


 煌耶ちゃんは煌耶ちゃんで、ダメージを受けていたらしい。姉が蹴っ飛ばされ、蹴っ飛ばした本人は落ち込むヘタレ。友人である雷は塞ぎこみ、まるで楽しくない日常となってしまった。そんな事に、煌耶ちゃんも関係していた。関係ない訳がないよな。だって、妹だもんな。雷の友人だもんな。

 だからこれ以上、彼女に心配事を増やさせる訳にはいかない。


「根拠ならあるさ」


 そう……なにせ、僕は影守流の一番弟子だ。


「折り紙つき、お墨付きの影守流。無戦無勝無配は伊達じゃないよ」

「嘘をつけ……二番弟子を蹴っ飛ばしただけで震えあがるヘタレじゃろうが」


 涙をこらえながら、精一杯に笑ってみせる煌耶ちゃんの頭を、僕は撫でる。心配してくれるのは嬉しい。いつも通り、僕をちょっぴり馬鹿にしてからかうのも嬉しい。でも、なにより僕を応援してくれるのが有り難い。


「勝てないけど、負けはしないよ。それよりも、煌耶ちゃんは少し僕から離れていた方がいい。巻き込まれるかもしれないし」

「断る」

「いやいや。なにされるのか分からないし、危ないよ?」

「文字通り傷物にされても構わんよ。あの生徒会長のせいでみやび君と離れる事となる方が辛く苦しいのじゃ」


 いつの間にか涙は引っ込んだらしい。えっへん、と煌耶ちゃんは何が自慢なのか分からない風に胸を張った。なにをそんなに自慢気に……


「いや、煌耶ちゃんに何かあったらおじさんにぶっ飛ばされるし、あの婆さんに何を言われるか分かったものじゃないし」

「お父様は怒るかもしれないが、お婆様は笑うだけだと思うぞ」

「いや、そこは心配しようぜ婆さん」


 だから孫がこんなんに成ってしまうんだ。


「とにかく、私はみやび君から離れんからな! 逃げても無駄だから大人しく私とラブラブしようではないか」

「え~……」

「え~とは何だ、え~とは。良いではないか!」

「ほら、ムーンゲッターの皆様に目撃されたら何かと面倒じゃない?」


 煌耶ちゃん親衛隊は、本当に僕の事をどう思っているのだろうか? いつか刺されそうで恐い。


「下僕に人権など無かろう」

「それ、僕の事だよね」

「そういう認識じゃ。だから気にせず、私の事を抱きしめても良いぞ」


 ほれほれ、と煌耶ちゃんが腕を広げる。こういう所は子供らしいというか、何というか。甘えたい盛りの低学年っぽいんだけどなぁ~。


「いや、学校で生徒同士が抱き合う訳にもいかないし、遠慮しとくよ。別の意味で生徒指導室に呼び出される事になってしまう」


 まぁ、今なら先の事件関連だと思われて大丈夫かもしれないけど。あと、同学年だと問題だけど煌耶ちゃんみたいな小学部の生徒ならたぶん大丈夫だと思う。言わないけどね。


「むぅ、それもそうか。ならば帰って私の部屋で存分に抱き合うとしよう。それで良いな?」

「いい訳あるか」


 ツッコミを入れてため息をひとつ。元気付けようとしてくれているのは嬉しいけど、相変わらず下品というか、下ネタというか。まったく、もうちょっと大人しい感じでお願いしたいものだ。


「ワガママじゃのぅ。仕方ない。一緒にお風呂に入る事で許してやる」

「なんだその上から目線と妥協案は」


 とりあえず、いつもの様にチョップを叩き込んで、敬語で謝ってもらった。

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