第3章 ~僕とお姫様達の残酷な試練~
第3章-1
長く重苦しい、それでいて地味に過酷なテスト週間が終わった。一学期の中間テストという事で、難易度はそこまで高くない。範囲は狭い。だがしかし、それだけで楽勝かと問われれば全くそんな事はなく、覚えなければならない事で脳味噌はいっぱいだ。いっその事、脳髄から零れだして筋肉に蓄積しないか、なんて馬鹿な事さえ考えてしまう。別の意味でノーキンになりそうだ。
「あ~、終わった~……」
放課後の教室にて、テストが終わった解放感で溢れる教室内。一様に苦しみから解放された晴れやかな表情を浮かべていた。もちろん僕も同じ。狭く苦しい部屋から久しぶりに外に出れた様な感覚に、思いっきりノビをした。そんな中で、輝耶だけは重苦しい息を吐くのだった。相変わらずペース配分が下手みたいで、三日間ある中間テストの一日目でバテたりしていたので全くもって意味不明だ。
「もうダメ、吐きそう」
マラソンでも走ってきたかの様なグロッキーさで机に突っ伏している。どうやったらテスト問題に解答するだけでここまで消耗できるのやら。
「卓遊戯部で、新しいダンジョンシナリオやるんじゃなかったのか?」
TRPGの連続したシナリオ……キャンペーンだったかな。それをやるんだ~って言ってたけど、テスト期間中に誰がシナリオを組んだのだろうか。ゲームマスターの苦労が報われればいいんだけど。
「おぉ~、そうだったぁ~。私のダイス期待値は三万あるぞぉ」
サイコロ振って三万の目が出るっていうのはどういう事だ、まったく。というかそんな桁数が飛び出すTRPGのバランスが心配だ。
「という訳で今日は遅くなりそうだし、みやびは先に帰ってていいよ~」
「そうか。じゃぁ雷でも誘って帰ろうかな」
「煌耶は誘わないの?」
「煌耶ちゃんは誘わなくても、気付いたら居るから大丈夫だ」
「……相変わらず仲が良いと言うか、不気味な妹と言うか……」
実の妹を不気味とか言うな。
「じゃぁ、気をつけて帰ってこいよ」
「もう子供じゃないよ」
それもそうか。中学二年だもんな~。ずっと一緒だから良く分からないけど。
とりあえず、輝耶に軽く手を振ってから教室内の雷を探した。テスト中は席が出席番号順になる。いつもの机じゃなくて、少しキョロキョロとしたら何やら鞄をゴソゴソとする雷が視線に入った。
「お~い、雷。一緒に帰ろうぜ」
「え、あ、ごめん。ちょ、ちょっとね……」
なにやら雷の頬が急に赤色に染まった。なんだなんだ、と雷の側まで寄って鞄を覗き見てみると、そこには白い便箋。なるほど、扇形先輩との逢引という訳か。
「ほうほう。じゃぁ、邪魔する訳にもいかないか」
ところで二人の関係はどれくらい発展したんだろうか?
「メールは毎日してて、今日の朝に改めて手紙が入ってたの。今日の放課後、一緒に遊びませんかって内容」
思わず口笛を吹きたくなる。粋な演出っていうのかな、なんともオシャレな先輩だな。僕も見習いたいところではあるけれど、いかんせん照れが先行するよね。この先輩だったら薔薇の花束だって用意しちゃいそうだ。中学生のお財布事情じゃ無理っぽいけどね。
「そっか。じゃぁ頑張ってきてくれ」
「な、なにを頑張ればいいかな?」
「いや、僕に聞かれてもなぁ……お互いに良い関係になれるように?」
結局付き合うところまでいってないんだし。何か一つでも扇形先輩の許せる部分でも見つければいいんじゃないだろうか。
「なるほど、さすが雅。品行方正だね」
なんか嫌味に聞こえてくるけど……まぁいいか。
それじゃぁ、と雷に手を振った瞬間、妙な視線を感じた。教室の外から感じたが……意識を向けた時にはすでに視線の主は居なかった。以前に感じた視線とは別人の様な気がする。そして、それは僕ではなく雷に向けられていた感がある。もしかしたら扇形先輩が覗いていたのかもしれない。いわゆる嫉妬というやつだ。僕と雷が仲良く話しているものだから、ヤキモキしたのかもね。
しかし、それにしてもまた『視線』か……どうにも他人の視線に敏感になりすぎているのかもしれない。それこそ他人を尾行して探偵気取りの代償だろうか。たかが人に見られる程度で意識し過ぎている可能性もある。自意識過剰は良くないよね。
実際に廊下に出てみると、テストから解放された生徒達で賑わっていた。僕を見る者は居ない。そりゃ廊下で立ち止まっている僕を見る生徒はいるが、意識して僕を見ている存在は居ない。
ん、いや、なんか妙な胸騒ぎがする。う~んと、この感覚はアレだ。
「煌耶ちゃんだ」
「ひぃ! な、なぜ分かったのじゃ!」
後ろから声が聞こえてきた。びっくりした煌耶ちゃんの声が聞こえたが、僕もびっくりした。まさか本当に真後ろに居るとは思わなかったし。というか、僕も成長したものだ。ようやく煌耶ちゃんの気配を感じられる様になってきたぞ。
しかし、まだ第六感レベルだ。まだまだ修練が必要だなぁ。
「一緒に帰ろうぜ、煌耶ちゃん」
「えぇ~、一緒に帰って友達から誤解されちゃったら困るしのぅ」
往年のゲームヒロインか、まったく。
「そういや、ムーンゲッターは僕の事をどう思ってるんだろうな」
煌耶ちゃんファンクラブにしてみれば、僕という存在は確実に敵なんだけどね。案外、視線の主はそいつらだったりするんじゃないかな。まぁ、小学部の男子がこんな所をウロウロしてたら目立つと思うけど。
「あぁ、その点なら抜かりは無い。近所に住む奴隷兼護衛と伝えておる」
「おい」
「みやび君のお陰で、私は健康で安全な毎日が暮らせる訳じゃ。ムーンゲッター諸君も感謝しておるよ」
「僕がいつ煌耶ちゃんの奴隷に成り下がったんだよ……」
「光栄じゃろ?」
「不名誉だ」
「では、名誉挽回で私を嫁にするが良い。掃除は毎日学校でしておるし、調理実習でポテトサラダも作った事はある。これほど女子力に溢れた良い女など、滅多におらぬぞ」
その程度ならこの学校の全女子がパーフェクトじゃないか。
「掃除と調理は分かったけど、洗濯は?」
「着物の洗濯は難しいからな。全部クリーニングじゃ」
「女子力、ハンパないですね」
「にひひひ。そうじゃろそうじゃろ」
その下品な笑い方は止めて欲しいものだ。ちなみに煌耶ちゃんの存在は中学部ではすでに慣れたものになっている。去年こそ注目の的だったが、僕と煌耶ちゃんのセットで覚えられてしまった。時々、女子は煌耶ちゃんの頭を撫でながら、今日もかわいいね、なんて言いながらと去っていく。まぁ、ちょっとした名物みたいなものかなぁ。
適当な会話を煌耶ちゃんと楽しみながら校舎を後にする。煌耶ちゃんは相変わらず靴をランドセルに完備させているらしい。
校門を潜り、学校の敷地から出て、何も無い田舎道を歩きだした頃に、フと先ほどの視線を思い出した。
「そういや、さっき雷と僕を見てた?」
もしかしたら煌耶ちゃんだったかと思ったんだけど……?
「ん? いや、そんな事はないぞ。私がみやび君に近づいた瞬間に名前を呼ばれたからの。あずま君とは一度も顔を合わせておらぬよ」
「あれ、じゃぁ誰だったんだろう?」
僕は参考までにさっきの視線の話を煌耶ちゃんにしてみた。尾行のスペシャリストの意見も聞いておきたい。
「ふ~む、あずま君に恋する扇形先輩の仕業か……もしくは生徒会長ではないか?」
「あぁ、生徒会長か。え~っと、名前なんだっけ?」
すごく偉そうな名前だったのを覚えているのだけど。いかんせんアルファベット組の生徒には関心が薄れてしまうので。テスト中だと彼等は本気だしね。ここ数日、行動が何も無かったのですっかりと忘れてしまった。
「伊勢守剣座じゃ。少し調べてもらったが、名前からして昔の偉い人の一族じゃろう。授業でまだ習っておらぬから良く知らんが」
なるほど。一族が一族なだけに、煌耶ちゃんからしたら何か気になる事があったのかもしれない。それにしても苗字に同じ『守』という文字があるけど、こっちは『モリ』で、あっちは『カミ』か。さすがアルファベット組、ただ者ではないな。
「さてさて、いつになったらお姉様とラブロマンスを繰り広げてくれるのやら。押しの弱い男子はジレったくていかんのぅ」
「……」
まぁ、そこに関して僕は何も言う事が出来ない。いいじゃないか、草食系。食べる価値があるかどうか、じっくり見分けているんだよ。毒があったら大変じゃないか。
「わ、私は毒なんかないぞ。そうじゃろ? な、なんなら今すぐ食べてもいいぞ」
「えいっ」
煌耶ちゃんの脳天にチョップを入れておいた。下品禁止。品行方正でいきましょう。
「はい、すいません」
分かればよろしい、と苦笑しつつ。下校の一時を煌耶ちゃんと共に楽しんだ。
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