TIPS:瓶詰めの楽園(2)

「アリア、……ダメだ。 これは、……よくないことなんだ」

「どうして? なんで、そんなこと言うの」



「落ちついてくれ、いっときの気の迷いだ……駄目なんだ、……許されないことだ……」

「わからない! 知りたくない」


「僕は地獄行きでいい。でも、アリアは天国にいくべきだ」

「なんでっ! どうしてっ! 別々になるのはいやよ!」


「だって、アリアは……あんなに天国を楽しみにしてたじゃないか」

「そんなものはいらないっ! 神様も天国もいらないっ! シンだけで良いっ!」


「……僕には、……価値はない……外の世界には……」

「お外のことなんて、……知らない!」


「……アリア」

「神様は、このふたりだけの世界に干渉してくるの!? なんで!? なんで神様は……アリアたちを祝福してくれないの?!」



「正しくないことだからだ……悪徳で、神様に対する裏切り、背徳なんだ……僕は、アリアには、せめて幸せになってほしい、ただそれだけなんだ」

「神様って何?! 正しいって何?! そんなの、ないじゃないっ?!」



「アリア……。僕は…………」

「なんで神様は邪魔するの? こは、ふたりだけの小さな世界なのよ?!」



「……、……」

「神様なんてだいっきらい!」





  ◇  ◇  ◇





「教義に背いた。僕は地獄に堕ちる。この先に救いはない」





  ◇  ◇  ◇





「金色のつややかな髪、青い瞳。 アリアはまるでおとぎ話のお姫さまだ」

「どういたしまして」



「アリアの目は、暗闇に星々を映しだす。とても素敵な瞳だ」

「ありがと。シンはアリアの王子さまだわ」



「僕のアリアは素晴らしいのに。世界は理解しない。まるで愚かだ」

「良いのよ。シンにだけ認めてもらえれば。それで幸せなの」



「まったく。……教養のない馬鹿は……理解できない物を恐れるから」

「あら? でも、シンもお本は読めないでしょっ」


「まっ、まあ……明日、あさってあたりから、クロノに教えてもらうから?」

「えらいわ。 でも、クロノさんに迷惑かけちゃだめよ?」


「無理!」

「シン?」




  ◇  ◇  ◇




「シンは将来なりたいものとかないの?」

「そんなこと、考えたこともないよ」



「じゃあ、勇者になって。アリアのために」

「勇者? けっこーハードル高くない?」



「だめ。絶対になってね。アリアのために」

「うーん。まあ。おっけー」





  ◇  ◇  ◇





「いや、魔王を倒すのは分かるとして、なんでお嫁さんをたくさん作らなきゃいけないのさ? 世界平和と関係なくない?!」

「だーめ。それじゃぁ、ぜーんぜんおもしろくないでしょ?」



「アリアは、僕が浮気してもかまわないのか?」

「うん」



「アリアさん? 僕ぁ、ショックです」

「シンは、もっと自由に想像しなさい」



「王様になってアリアを迎えに行く展開じゃダメなのか?」

「ダメよ。だって、おもしろくないでしょ、王様なんて」



「えー。そうかなあ?」

「王様は立派なイスに座ってるだけ。やっぱり、男は剣で戦わないとダメ。 スリルと冒険がなければ」



「はは。アリアは冒険が好きだね」

「うん。だって、いろんな世界を見てみたいじゃない」



「大丈夫、僕が絶対にアリアをこの部屋から連れだす。クロノだって手伝ってくれるさ」

「ありがとう。でも、その気持だけで十分よ」



「シン、アリアを忘れて、本当の世界に、生きて」





  ◇  ◇  ◇





「アリア、いつものようにおとぎ話を聞かせてくれないか?」

「いやよ。ウソだから。ご都合主義だから。現実逃避だから」



「だって、この部屋は別の世界で、……ここだけが、真実なんだ」

「ウソつき! そんなはず、……あるわけないじゃないっ」



「アリア、信じてくれ。僕は、勇者だ。魔王を倒し、ドラゴンも倒す」

「……」


「えっと、それで、聖剣を持って、最強の仲間と冒険だ。クロノも連れていく」

「……」



「勇者になった僕は、神に選ばれ人々から尊敬され、祝福されるんだ。とても凄いんだ」

「うん。それで、お嫁さんは」



「もちろん、たくさんいる」

「かわいい?」


「えっ? う、うん。もちろん、そうだよ」

「アリアよりかわいい?」


「うん、……じゃない、いや、ちがう。今のは罠だっ」

「いいのよ。シンは、かわいい子と幸せになりなさい」



 ・・・・・・



「シン、なぜ泣いてるの? たのしいお話なのに」



「……だって」

「わらって。たのしい将来のお話なんだから」



「……でも、その話には、アリアが……いない」

「勇者シンの大冒険、続きを、聞かせて?」



 ・・・・・・



「……勇者シンは楽しく笑って幸せに過ごしました」

「そうよね。うん。そうじゃなきゃ、ウソだわ」



「……。全てをやり遂げた勇者シンは、神々の暮らす楽園に向かいました」

「あ、それは聞いたことないわ。 シンのオリジナル? 聞かせて」



「勇者シンは、神々の園で美しいひとりの少女と出会います。 彼女の名はアリア」

「アリア? アリアも、神々の国に行ってもいいの?」



「もちろんだよ。アリアは、神々の楽園では女神様なんだ」

「凄い。アリアは勇者より偉い?」



「そうだね。勇者よりも、ずっと偉くて。そして賢いんだ」

「それで、それで、どうなるのっ? 続きを聞かせてよ」



「マリアもいる。ほら、アリアが描いてた黒髪の、チャキチャキ娘」

「マリアちゃんもいるの?」



「もちろんだ」

「ありがとう、シン」



「勇者シンと女神アリアは永遠に幸せに暮らしました。 めでたしめでたし」

「あはは。 アリアも幸せにしてくれたの? ありがとう」



「だからね、何も怖いことはないし心配はいらないんだ! 僕たちは、絶対にハッピーエンドなんだよ」



 シンは、本当にウソつきね。 そんな、シンが好き。 だから、……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る