TIPS:瓶詰めの楽園(1)

「アリアがいると、……シンは優しいから一生、アリアに、この屋根裏部屋にしばられて、幸せになれない。……だから」

「いやだ……いやだ……どうして……どうしてっ!……なんでっ!!」



「シン、駄目よ。これが、ハッピーエンドなの」

「いやだ、……ッ違う! 僕はもう満たされていたんだ!」



「アリアが居ると、この部屋にしばられてしまうわ、シンも、お母様も」

「いいんだよ、それで! それが、僕の望みなんだっ!!」



「ごめん、シン。……アリアは、もっと早くに、こうするべきだったわ。 あなたの人生をムダにしてしまった」

「違ッ、……違うんだっ! アリア……そうじゃないんだ!!! 僕は何も奪われていない、僕がしたくてしていたことなんだっ!」



「シンは、アリアのぶんまで幸せになってね」

「僕は、もう幸せだ、ママ上だってっ! アリアさえいれば、他に……なにもっ!」



「アリアは、シンが好き。だから、……こうするしかなかった」

「違う! こんなのは、ぜったいに、違う!」



「シン。アリアも、この部屋のこともすべて忘れ、本当の世界で生きて」

「イヤだッ! この部屋が真実なんだ! なのに!!」



「教義に反したわ」

「違うッ、そんなの、教義が間違ってるんだっ! 世界が、神がアリアを否定するなら、……僕がふんぞり返っている、その神を、座から引きずりおろし、僕がその椅子に座ってやるッ! ここは、アリアと僕だけの世界だ!」



「たのしい夢ね。 でもいつかは夢はさめるもの。 それが、今なの」

「違うッッ!! 終わるものか!! 終わらせてなるものかッ!!!」



「ねぇ、……もう長くないみたい。 アリアの最後のお願い、聞いて」

「……、……」



「勇者シンの大冒険。 あのおはなしの最後のシンが考えた一節、もう一度、聞かせて。 お願い」

「……勇者シンと女神アリアは、永遠に幸せに暮らしました。 めでたしめでたし」



「うん。ありがと。 アリア、シンと一緒で、幸せだったわ。 とっても」

「待てよッ、……アリア、……アリア、……返事をしてくれ……どうして! なぜ!!」




「……僕は、……まるで、……無力だ」




  ◇  ◇  ◇




「アリアは神々の楽園へ旅立った。 天国よりも上位の世界。 楽園だ」




「まだ僕とアリアしか知らない世界。そしていずれ僕も同じところへ行く」




「その前に僕には成さねばならないことがある。 アリアの正しさを証明してみせる」




  ◇  ◇  ◇




「戻ってこい? まだ間にあう? 今さらもう遅い。 そもそも僕は最初からそちらに戻る気などないのだから。 なぜなら正しい道をすすんでいるのだから。 アリアがいない世界に価値はない。 アリアを認めない世界を決して許さない。 誤っているのは世界の方であり、アリアではない。 ならばこの間違った世界のまんなかで中指立てて、ざまぁだ。 その過程で血が流れるだろう。 それがどうした、些細なことだ。 神だろうが、世界だろうが、僕の邪魔をするなら容赦はしない。 世界を勝ちとるとはつまるところは、――そういうことだ」




それが嫌なら、僕を止めてみせろ。 クロノ




  ◇  ◇  ◇




「勇者とは何か? 魔王を滅する者だ」



「勇者とは何か? 神に選ばれた者だ」



「勇者とは何か? 聖剣の所有者だ」



「勇者とは何か? 世界で一番偉い者だ」



「勇者とは何か? 正義だ」



「正義とは何か? 僕だ」



「僕とはダレだ? ボクだ」




  ◇  ◇  ◇




「この部屋こそが真実。であるならばソレ以外は虚構。 世界が間違っているのだから、世界を正さなければならない。 その結果として世界が壊れようとも。 僕ひとりに壊される程度の世界など存在する意味が、ないのだから。 僕は、アリアの正しさを証明し、正しく認められる世界に創り変える。 この星眼で」





「何を成さねばならない? 僕は、勇者でなくてはならない。 楽しくなければならない。 幸せでなくてはならない。 正しくなくてはならない。 敗北してはならない。 処女のお嫁さんがたくさんいなければならない。 最強でなくてはならない。魔王を倒さなければならない。 ドラゴンを倒さなければならない。 誰もがうらやむ格の高い仲間にかこまれていなければならない。 聖剣を持っていなければならない。 神に選ばれていなければならない」




「自由。なんて、不自由なんだ。義務ばかりじゃないか。……。だからどうした」


 

 僕は、死んだ。 神に選ばれず、勇者ではない、僕は。



「ボクは、シンだ。 神に選ばれた、勇者だ」

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