第30話 箸置き 🏯





 高級民芸家具店、秤屋はかりや、三味線や小唄の師匠の稽古場、真っ赤なサイドカーを看板にする小洒落たバー、蕎麦屋、山賊焼屋などが軒を並べる歴史情緒ゆたかな蔵の街の一画に、ショーウィンドーにいくつかの猫の置き物を並べた小店があります。


 店主は長い髪をひとつに結えた無口な若者ですが、接客は少女のように初々しい木曽出身の妻に任せ、店の奥に籠って、木を削ったりうるしを塗ったりしています。

 

 

                 🌸

 

 

 春の昼下がり、30歳前後と50歳前後の女性のふたり連れがやって来ました。


 どう見ても親子には見えないふたりは、棚に並んだ漆椀や皿、盆、弁当箱、駕籠などの漆器類を見て歩いたあと、この店で一番小さな商品の前で足を止めました。


 

 ――箸置き。


 

 縁起物の松竹梅や、動物、植物、月、星、諸国の風景などありとあらゆる造形が、新進気鋭の漆芸作家の店主によるオリジナルなデザインを施されています。


「あたし、これとこれがいいな。コレクションにもないし、すごく可愛くない?」

 若い女性が選んだのは、むかしの映画館の模様と、桶と柄杓ひしゃくの組み合わせ。


 寄り添うふたりの足もとを、黒猫がすり抜けて行きます。それに、あらら、よく見ると、店主のそばには三毛猫、奥の在庫棚の下にはトラ猫もうずくまっていますよ。

 

 

                🐈🐈🐈🐈

 

 

「可愛い猫ちゃんたちですね」「この子たち、みんな保護猫なんです」「やっぱり日本は進んでいますよね」「お客さん、外国の方ですか?」「仕事でね、アフリカにいるんですよ」「久しぶりの帰国なので、日本らしいものが欲しいんですって」「そう、おねだりしちゃったの」「こう見えてわたしたち、古くからの友人なの」


 保護猫さんたちをダシにして(笑)店主の奥さんとお客さんの会話が弾みます。


 とそのとき、ショーウィンドーの置き物の1匹がとつぜん飛び降りたので、お客さんは驚きました。そんなことはいっさいおかまいなしに、赤い首輪を付けた白猫は、床にひらりと着地すると、高々とお尻を突きあげてストレッチをしています。

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