第26話 山のお見合い 🎀





 大昔、お城が建っていたことからいまだに城山じょうやまと呼ばれている里山。その奥の、両側から丈高い草が覆いかぶさるけもの道の先に1軒の小さな喫茶店があります。


 といってもそんなに奥ではなく、春先には桜祭りの人出でにぎわう頂きの広場をほんの少し入ったところですが、ふしぎにも人間たちには見えないみたいで……。


      

                 🌄


 

 昭和と呼ばれる時代が始まったばかりの、気持ちよく晴れた5月のある日。

 素朴な丸太づくりの小さな喫茶店に、ふた組のお客さんがやって来ました。


 ひと組は華やかな花模様の振袖に、あざやかに黄色い山吹の花のかんざしをつけた娘のリスと、山のさみどりに溶け込んでしまいそうに地味な小紋のオバサンのリス。


 もうひと組は、新品の青い背広で畏まった青年のモモンガと、紋付袴でしゃちこばったオジサンのモモンガ。ちなみに、リスとモモンガは遠い親戚に当たります。


「今日はよいお日和でございますわね」

「まことにもって仰せのとおりでして」


 ぎこちなく挨拶し合ったふた組は、同じく遠い親戚に当たるムササビのマスターが案内してくれたリザーブ席に「どうぞ、どうぞ」遠慮し合いながら座りました。

 

 

                 🍃

 

 

 それから1時間ほどして。

 緊張のあまり、こちんこちんに堅かった空気も、ずいぶんとやわらいでいます。


 下ばかり向いていたリスの娘が愛くるしい顔を上げて、「あの、あたし、ほかのことは不器用なんですけど、木の実を集めることだけは……」オズオズ告げると、正面に座ったモモンガの青年も「ぼかあ、こう見えて、木から木へ飛び移る技だけは、仲間のだれにも負けやしませんよ」すかさずの相槌で自分をアピールします。


 若いふたりの会話を聞いていたオジサンのモモンガが「なるほど、世の中うまくできていますなあ。それぞれ得意があるわけですな」感に堪えないように言うと、世慣れた感じのオバサンのリスも「まったくですわねえ。お互いの得意で不得意をサポートし合う、それがよき夫婦というものですわ」気持ちよく響いてみせます。


 若いふたりの頬は、ほんのり上気して……。もっともいずれも毛むくじゃらですから、傍目にはそれとはわかりませんが(笑)、見つめ合うひとみの奥にチラチラするものが「きみってすてきだな!」「あなた、好きよ!」と打ち明け合って……。

 

 

                 💕

 

 

 赤い蝶ネクタイのマスターに送られて喫茶店を出たふた組は、来たときとは逆に若者同士と年輩同士のペアに分かれ、軽い足取りで、けもの道を帰って行きます。


 道がふた手に分かれている場所まで来たところで、オバサンのリスがオジサンのモモンガに、そっと耳打ちをしました「それでは、あたしたちはこの辺で……」。


 先を行く若いふたりは自分たちの話に夢中で、いつの間にか付き添いがいなくなったことに気づきもしません。というよりも、最初からいなかったかのように、ふたりの胸からオバサンとオジサンのすがたはきれいに掻き消えておりました。

 

 

                👼

 

 

 キラキラした細かな光の粒になって天へ昇りながら、かわいい末娘を残して神に召された母さんリスと、同じく独身の息子を案じる父さんモモンガは、若いふたりの幸せな未来を祈りながら、神の国で待っている家族のもとに還って行きます。

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