まいごのこ
灰田 青
第1話
日曜日の朝、僕は一人で散歩することにした。いつもは小学校の友達と公園で遊んだり、誰かの家でゲームをするけど、たまには一人でゆっくりしたいときもある。
いつも遊ぶ公園の横には森がある。背の高い木々が頭のうえを覆っているせいで、あまり日が差さず、いつでも薄暗いところだ。公園には芝生と土のグラウンドがあるし、屋根付きのベンチも置いてあるから、わざわざ森の方に来る人は滅多にいなかった。
葉っぱをザクザク踏みつけながら土の道を歩く。足元の苔を眺めたり、茶色や白のキノコをつっついたりする。そうしていると、ブーメランみたいな形の枝を見つけたから、思いっきり投げた。全然戻ってこなかったけれど、枝がぐるぐると回転しながら飛んでいくのが面白くて、拾っては投げてを夢中で繰り返した。
枝が木の上にひっかかってしまってから、僕はようやく我に返った。辿ってきた土の道はもう足元にはなく、見回してもあまり見覚えのない場所だ。随分奥の方まで来てしまったみたいだ。
まあ、元の方向に戻ればいいだけだ。僕はそう思って振り返った。だけど、元の方向?それってどっちなんだ?
公園の横にある森は、そんなに大きいわけじゃない。適当に進んだところで、どこかしらに出られるだろうと思って歩いたけれど、なかなか抜けられなかった。随分と長く歩いた気がするけど、本当はどのくらい時間が経ったんだろう。だんだんと不安になり、心臓がぎゅっと締め付けられる。
「おにいちゃん」
突然声を掛けられて、体がビクッとした。振り向くと、僕より年下の、1年生か2年生くらいの女の子がいた。赤いジャンパースカートを履いている。
「まよった」
女の子は僕に言った。迷子なのに随分落ち着いているから、年上なのに不安で泣きそうになっていたのが恥ずかしくなってきた。わざと元気に、一緒に公園まで戻ろう、と手を差し出した。握った手はじんわりと温かかった。
しばらく歩くと、さっきまであれほど道が分からなかったのが嘘みたいに、見覚えのある場所に出てきた。あとは土の道を辿っていけば、いつもの公園に出られる。いよいよ外に出られる、というそのとき、つないだ手が離れ、強く僕を突き飛ばした。
つんのめった僕の背中に、女の子の声がした。
「まっすぐおかえり」
振り返ると、女の子はそこにいなかった。僕はなんだか怖くなって、走って家まで帰った。
息を切らしてたどり着いた家の前にはパトカーが止まっていた。ただいまと玄関を開けると、走り出てきたお母さんが、泣いて僕を抱きしめた。
僕は日曜日の朝に出かけて、その日から3日間も行方不明だったらしい。
しばらくの間僕は色んな人に事情を聞かれたり、病院で検査を受けたりしたけど、3日間に何が起こったのかは、誰にも分からなかった。
僕に何が起こったのか、僕自身も分かっていない。ただ、あの女の子がいなければ、もうここに帰っては来られなかっただろうと、そう思っている。
まいごのこ 灰田 青 @kai-bgm
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