チョコアイスにホイップクリーム載せてクレープで包んだ後ストロベリーソースを添えたくらい甘々な幼馴染との日常
三上こた
第1部 幼馴染との甘い日常
第1話 喧嘩をすると書いていちゃつくと読む幼馴染の日常
――夢を見ていた。
「おおきくなったらけっこんしようね、みなとちゃん」
十年も前の話。
実家の洋菓子店で、幼馴染みの女の子にプロポーズをした時の夢だ。
「けっこん? ちはやくんと?」
髪の毛をポニーテールにした愛らしい幼馴染みは、俺が生まれて初めて作ったクッキーを食べながら、小首を傾げている。
「そう! ぼくがうぇでぃんぐけーきをつくるから、ふたりでけっこんしきあげるんだ! そしたら、ずっといっしょにいられるよ」
途端に、幼馴染みの少女もパッと顔を明るくした。
「ほんとっ? なら、けっこんする!」
「やった! やくそくだよ?」
「うん!」
少女の手を握り、幼い俺は幸せの絶頂を味わっていた。
それから十年経った今、俺はこう思う。
――いや、マジであの時が絶頂だったな、と。
「……今朝は嫌な夢を見たな」
まだ空も薄暗い早朝。
実家の洋菓子店の厨房に入った俺は、思わず溜め息を吐いた。
もう十年も前になるか、俺が幼馴染みにプロポーズをしてしまった時の夢である。
「ま、言っても仕方ないか。仕事しよ」
俺は頭を振って悪夢の残像を振り払うと、目の前にある作業に集中した。
我が実家、洋菓子店
学生バイト扱いとはいえ、俺はここのパティシエなのだから。
「おっと、バレンタインが終わったから、今日から春の新メニューの顔見せか」
ちょっとテンションが上がる。
今回の春限定メニューは、初めて俺が主体となって作ったメニューなのだ。
期待と不安が入り交じって、つい心が浮かれてしまう。
と、その時、裏口のドアが開く音がした。
「おっはようございまーす! いやー、今日もいい天気だね! めっちゃ晴れてたよ! まあ私の心はこれからの労働を思うと曇りなんですけど!」
ものすごくハイテンションな女の声が聞こえてきた。
「……来たか」
俺は思わず作業の手を止め、渋面を浮かべた。
その間にも、裏口からは鼻歌交じりの足音が近づいてくる。労働で心が曇ってるくせに、無駄に明るいステップ踏んでんじゃねえか。
「お、今日は
俺が本日二度目の溜め息を吐くと同時、そいつは厨房に姿を現した。
ポニーテールにまとめた髪と、はっきりした目鼻立ち。うちの制服であるエプロンドレスを身に纏っている少女。
「……おはよう、
うちのウェイトレスであり、我が因縁の幼馴染みである湊である。
俺の言葉に、湊は機嫌よさそうな笑みを見せた。
「あ、分かる? やだなあ、隠してたつもりなのに」
「それで隠してたつもりなのか、ポーカーには向かないタイプだな。で、何があったんだ? 実家の経営が上向いたか?」
湊の実家はホテルを営んでおり、湊自身もうちの店で働く傍ら、実家の手伝いをしている二足の草鞋状態なのだ。
「うちの経営はいつだって上向きですとも。今回はそれとは関係なし。実はね、千隼にプロポーズされた時の夢を見たんだ。いや、あの時の千隼は可愛かった」
「おい、やめろ」
藪をつついて、とんだ黒歴史を出してしまった。
苦々しい気持ちでストップをかける俺に、湊は不満そうに頬を膨らませてみせる。
「えー、なんで? ウェディングケーキを作ってくれるんじゃなかったの?」
「幼稚園の頃の約束だろうが! ことあるごとにそれを持ち出すんじゃねえ!」
この女に惚れてしまったことは、我ながら一生の不覚と言わざるを得ない。
と、地味なダメージを受ける俺を、湊はからかうような上目遣いで見つめてきた。
「なんでよー、今でも私のこと超好きなくせに」
「その通りだけどな!」
残念ながら、一生の不覚はいまだに続いているというね。
「否定しない割に、私への態度は辛辣だよね」
どこか呆れた様子の湊に、俺は深々と溜め息を吐く。
「そりゃ俺だって本当はお前に優しくしたいさ。超好きだし。めっちゃデートとかしたいし、さっき朝一で顔見た時だってすげえ可愛いなって思ったからね。正直、仕事中じゃなければ今すぐ抱き締めたいレベルだ」
「急にのろけてくるじゃん。温度差で風邪引くレベルなんだけど」
割と満更でもなさそうな表情で言ってから、湊は唇を尖らせた。
「けど、それならどうしてそんなに辛辣なのさ。いいじゃん、そんなに好きなら私と付き合って、楽しい学校生活を送り、卒業と共にうちのホテルにパティシエとして就職すれば」
「そこだよ! その最後の部分! 何度も言うけど、俺はこの店の跡継ぎなの! 他に就職する気はねえ!」
もう数百回と繰り返したやりとりを、今朝も行う。
「それなら、この店もうちのホテルに合併しちゃえばいいでしょ。なんなら二号店としてここに新しいホテルを建てて、そこのパティシエになりなよ」
すると、湊も何百回と繰り返した反論をしてきた。
「だから、俺はこの店を潰す気はないって言ってんだよ。湊がこっちの店に来い」
「嫌ですー。私だって自分のホテルを継ぐ気だし」
そうして、何百回も繰り返した平行線に辿りついた。
俺たちが相容れない唯一にして最大の壁である。
「……ふう。まあいい。今更こんなこと言っても始まらないし、仕事するぞ」
「了解」
とはいえ、何度も繰り返したやりとりだけに、二人とも引き際を心得ている。
お互い、時給分の労働をこなすために作業に入った。
「あ、これが春の新メニュー?」
と、そこで湊が調理台の棚に張り付けてあるレシピの紙を見つけた。
「ああ。柑橘のタルトだ。ちょうど誰かの意見聞きたかったし、試食するか?」
新作の出来を確かめようと勧めてみると、湊はこくりと頷いた。
「うん、気になるしね。一つください」
「待ってろ。今仕上げる」
俺は湊が来る前に焼き上げて、冷ましておいたタルトを切り分ける。
「よし、完成」
宝石のようにキラキラと輝く果物と、焼けた小麦粉の香りが厨房に漂う。
「ほら、食べてみてくれ」
色んな柑橘類の組み合わせを試しながら、最適なバランスを編み出した自信作である。
「いただきます」
湊はタルトを一口食べると、じっと考え込み始めた。
俺も、思わず息を飲んで感想を待つ。
彼女は実家のホテルでホスピタリティ《おもてなし》を技術として学んでいるので、俺とは違う視点でのアドバイスをくれるだろう。
「……大変なミスが一つ見つかったよ」
待ち構える俺の前で、湊は心底残念そうに一つ溜め息を吐いた。
「そ、そんなにか?」
嘘だろ……結構な自信作だったのに。
ショックを受ける俺の前で、湊は無念そうに再び口を開いた。
「せっかくだし、千隼にあーんってしてもらえばよかった!」
「そこ!?」
ものすごくどうでもいい感想が出てきた。
「だって、せっかく千隼が言うこと聞いてくれるタイミングだったのに。利益にならない行動をしちゃった。反省」
自分を戒めるように呟く湊。
『ホスピタリティを鍛えれば、相手が心地よくなるように自分が動くこともできるし、自分が心地よくなるように相手を動かすこともできる』
というのが、こいつの持論である。実家の技術を悪用する厄介な女だ。
「それより、新作の感想を聞かせろ」
腹黒いところが見え隠れする幼馴染みに白い目を向けつつも、意見だけはしっかり聞こうとする俺である。
それで湊も思考を切り替えたのか、ケーキと俺を見比べながら一つ頷いた。
「そうだね。とりあえず味は美味しかった。柑橘系の香りがちゃんと出てて、タルト生地との相性も最高だった」
「おう」
俺は素っ気なく頷きつつも、内心ではめっちゃガッツポーズを取っていた。
我ながら残念な話だが、やはりこいつに褒められるのが一番嬉しかったりする。
「けど、あんまり春っぽさは感じなかったかなあ。季節感が足りない」
その感想に、俺は眉根を寄せる。
「一応、旬の柑橘系はたくさん使ってるんだが」
春は多くの柑橘系が旬を迎える時期だ。
このタルトは複数の柑橘系を合わせ、その日の仕入れによって種類を変えることで味を変化させようという試みのレシピである。
「それに関しては……あ、そうだ」
答えようとした湊が、何か思いついたように口を噤んだ。
長年の付き合いである俺には分かる。またこれホスピタリティの悪用が始まるぞ。
「このタルトの問題点を聞かせてほしかったら、私の好きなところを言うがいい。好きなところ一つに対して、私もアドバイスを一つしましょう」
ほら、面倒な要求を始めた。
「……もし断ったら?」
「アドバイスをしない上に私が拗ねます」
真顔でふざけたことを言う我が幼馴染み。
「しゃーないな……」
俺は深々と溜め息を吐きつつ、彼女の意見を飲むことにした。
『親しき仲にもギブアンドテイクあり』という信条を掲げる湊を動かすには、これが一番手っ取り早い。
「じゃあ、まず……見た目は可愛いな、湊は」
「はい一ポイント。柑橘系の旬を知っている人は少ないと思うよ? 特にこの店のお客さんは若い子が多いからね。季節ものとして出すなら、もうちょいベタなのがいい」
恥を忍んで譲っただけのことはあり、的確なアドバイスが返ってきた。
「なるほど。ベタとなると、桜とかいちごあたりか」
「ノーコメントです」
しれっとした笑顔で回答拒否をする湊。
「……仕事ができるところも素敵だと思うな。最高のウェイトレスだよ、うん」
「はい二ポイント。その辺が妥当かな。けど、今からレシピの変更は難しいだろうし、このタルトに添えるセットメニューにいちごを使うっていうのがいいんじゃないかな」
「となると……いちごのアイスあたりか。タルトを温めて、そこにアイスを添えると」
温かいお菓子に冷たいアイスを添えるのは鉄板だ。温度差の刺激が美味しさとして認識される。
「……よし。なんとなく方向性が見えてきた。これでいこう。ありがとな、湊」
素直に礼を言う俺だったが、彼女はちょっと不服そうだった。
「えー、もう終わり? もうちょい私の好きなところ言ってみない?」
「残念だが、もう取引材料はないな。さっさといちごの下処理に入るがいい」
これ以上、こんな小っ恥ずかしい問答をやっていられるか。俺は仕事に戻るぞ。
「ほーう、そんな態度でいいのかな?」
と、再びあくどい声を出す湊。
見れば、彼女は懐から何かの便箋を取り出していた。
「……なんだそれ?」
訊ねると、彼女は露骨なドヤ顔を作った。
「見ての通り、ラブレターですよ。昨日、学校で男子に渡されちゃってね」
「なん……だと……?」
思わず、俺は硬直した。
ラブレターだと……? いや確かに湊は超可愛いからあり得る話なんだが、ラブレターだと!?
「だ、誰にもらった!?」
「個人情報保護法により言えません」
俺の詰問をさらりと躱すと、湊はまた懐にラブレターを仕舞った。
そして、にっこりと満面の笑みを浮かべる。
「さて、話は変わるけど、私のどこが好き?」
「話変わってないよね!? 明らかに同じ件で脅しに来たよね!?」
この女、惚れた弱みをガンガン突いてきやがる。なんてタチの悪い奴だ!
「なんのことかな? おっと、私にはいちごの下処理という大事な使命があるんだった。無駄話してないで、仕事をしなきゃ」
動揺する俺に追い打ちを掛けるように、くるりと踵を返す湊。
「ま、待て!」
咄嗟に、俺は彼女を引き留めた。
「なぁに? 私に何か用が?」
「ギブアンドテイクだ。お前の要求に従うから……」
「従うから?」
楽しそうに続きを促してくる湊に、俺は断腸の思いで要求を絞り出す。
「……そのラブレターの中身、読むな」
その言葉に、湊はめちゃくちゃ満足そうな顔をした。
「んふふー。ヤキモチ妬きだなあ、千隼は。しょうがない、その条件を飲んであげましょう」
「ぐぬぅ……!」
面倒なことになった。が、まあいい。
どうせもう好きなところを二つ答えてるんだ、三つ目が入ったところで大差は――
「あ、ちなみにだけど、相手の好きなところを三つ挙げろって言われた時、最初の二つは建前で、三つ目に挙げた回答が一番本心に近い言葉になるって説があってね?」
「答えづらい!」
今まさに三つ目の好きなところを挙げようとしている人間に、なんて余計な情報を渡してくるんだ。
「さて……改めて訊くけど、私のどこが好き?」
勝者の笑みで訊ねてくる湊に、俺は敗者の濁った視線を向けながら答える。
「……素直で可愛かった時代があるところかな。その頃の思い出があるから、今やっていけてるみたいなところある」
「え、ここで過去編に突入?」
「昔は本当に素直で良い子だったわ、お前」
「まるで今が性格歪んでるみたいな言い方なんだけど」
「あの頃はマジで天使みたいだったのになあ」
「人を劣化したみたいに言うのやめてくれないかな!」
偽らざる俺の気持ちを伝えてみたのだが、湊はお気に召さなかったらしい。
「ストップ、千隼。過去編突入は禁止でお願いします。今の私の好きなところで」
「過去編が駄目となると…………………………………………あ、歯並びがいいところ」
「考えに考えた結果がそれ!? 全く愛情感じないんだけど!」
「そんなことねえよ、誰よりも愛してるし」
「歯並び程度でどれだけ深い愛情を勝ち取ってるのさ! それもう、ただの歯並びフェチだよ!」
ご立腹な湊。どうやら現代編も駄目だったらしい。
「むぅ……本当にラブレター読んじゃおうかなー、前向きに検討しちゃおうかなー」
完全に拗ねてしまったのか、湊はじと目を俺に向けながら、再びこっちの弱点を突いてきた。
「ぐぬ……分かった。ちゃんと言うから」
「はい!」
俺が溜め息と共に妥協をすると、一瞬で湊の機嫌が直った。
「……まあ、あくどいところもあるけど、結局、相手に損はさせないっていうか、自分も相手も幸せにしようと努力するところ」
言ってから、途端に恥ずかしくなった。
本心を剥き出しにしてしまったため、ここをからかわれたらダメージがでかい。
「え、なんかちょっと照れるじゃん」
が、湊は馬鹿にせず、頬を両手で押さえて恥じらっていた。
「お前の一〇〇倍、俺は照れてるんだがな……」
「その甲斐あって、千隼の溢れる愛情は十分私に伝わってきたよ。ていうか、千隼って私のこと好きすぎない?」
めちゃくちゃ楽しそうに俺の顔を覗き込んでくる湊。
羞恥で一気に顔が熱くなった俺は、彼女から目を逸らして会話をする。
「うるせえ。自分でも残念な奴だと思うわ」
「そんな千隼に朗報。私、今すっごい喜んでます」
言葉通り嬉しそうな湊。
そう言われれば俺としても満更ではないが、それと同じくらい照れくささが倍増する。
「そりゃよかったよ……とにかく、こっちは約束を守ったんだから、お前も守れよ」
最後の精神力で振り絞った要求に、湊はこくりと頷いた。
「もちろん。そもそも、他人宛のラブレターを読むわけにもいかないしね。守りますとも」
「…………は?」
一瞬、湊の言った意味が分からず、ぽかんとしてしまう。
そんな俺に、彼女はしてやったりと言わんばかりの顔で小首を傾げた。
「おや、どうしたのかな? 千隼。鳩が火炎放射器でも食らったような顔をして」
「そんなローストチキンみたいな顔をした覚えはないが、ちょっと待て。さっき、お前が学校で渡されたって――」
「うん。確かに渡されたとは言ったね。けど、私宛なんて一言も言ってないよ? これは私の友達に渡すよう、配達人として頼まれたものですが」
「………………」
一瞬、俺は唖然として黙り込んだ。
が、すぐに胸の内から激情が溢れてくる。
「控え目に言ってクソ女だな!?」
荒ぶる感情のまま糾弾すると、湊はぷくっと頬を膨らませた。
「失礼な。私が一つでも嘘を言ったかな?」
「言ってねえからタチが悪いんだよ! 何を嘘一つ吐かずに人を転がしてんだ! この悪女!」
本物の詐欺師は嘘を吐かずに人を騙すというが、こいつはまさにそれ。ホスピタリティの悪用を極めつつある。
「いやいや、それにしたって途中で気付くかなって思ったんだけど。私と付き合い長いのに、千隼は察しが悪いね」
「騙されるに決まってるだろ! お前くらい可愛かったら告白の一つや二つされても不思議じゃないって思うからね! 信憑性抜群だからね! 可愛さを悪用するな!」
「また急にのろけてくるじゃん。千隼って変なスイッチの入り方するよね」
「お前がスイッチ入れてるんだよ!」
全力でキレつつも、告白がなかったことにほっとする俺であった。
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