第3話 愛の表現方法

 彼女が言い終わる前に腹部に強烈な刺激が走る。思わず彼女の肩から手を離す。そこに視線を向けると彼女の握るナイフが私のお腹に突き刺さっているのが見えた。

 見たことのあるナイフ。私のダイバーナイフだ。彼女は私の太ももに巻きつけてある鞘からナイフを抜き私の腹部に突き刺したようだ。

 私は彼女が私の事を好きと言ってくれた事、彼女も私と同じタイプの人間である事、その二つの事実に私はとても嬉しくなった。


「キスして良い?」


 彼女が恥ずかしそうに私に問いかける。声に出そうとしたけれど上手く声にならない。どうやらナイフの刃先が肺まで達しているらしく、口内は血で満たされつつあった。

 私は軽くうなづいて肯定の意を示した。安心と喜びが混ざったような表情をした彼女の顔が接近する。私が目を閉じるのと唇に柔らかく薄い感触がしたのはほぼ同時だった。しばらくそのままでじっとファーストキスの幸せな気分を味わっていると、彼女の舌が私の唇を割って入ってきた。彼女は私の血を味わうように舌を絡ませてきて、時折啜りながら血と唾液を飲み込んでいる。

 私は力が入らずされるがままになっている。しかしそれでも「ああ、キスって良いものだなぁ。幸せな気分がさらに幸せになるなぁ」と思う。彼女とこうしていると腹部の痛みも幸せな気分を分泌させているように感じる。

 彼女が私の唇をむさぼるのを止めて、唇を離す。熱い吐息が鼻にかかった。私の血と彼女の香りが混じった香りがした。

 ゆっくり目を開けると口の周りを真っ赤にした彼女の姿が霞んで見えた。視界が暗い。でも彼女の肌の白さと血の赤のコントラストのお陰で私は彼女を見失わずに済んだ。


「そろそろサヨナラだね。寂しいけど仕方がないのかな。もっと色んな事をしたかったけど、もっと一緒にいたかったけど、しょうがないもんね。私たちはそういう愛し方しか……」


 遠くなりつつある聴覚で彼女の話を聞いている。だんだん声に涙の色が混じっていき、最後の方は何を言っているのかよくわからなくなっている。

 可哀そうに、彼女が泣いている。

 泣いている彼女を抱きしめようと、私は全ての体力と気力を両腕に集中させて彼女がいるであろう方向に手を伸ばす。彼女が私の手を両手で包み、そのまま私の耳元に顔を寄せた。


「ありがとう。いつまでも愛してる」


 彼女は腹部に刺さったままのナイフを再び掴んで真一文字に切り裂いた。

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