服と私の関係性

蒼狗

服と私の関係性

 不幸自慢をしたいわけではない。

 事実、私は私を不幸だと思ってはいない。

 就職と共に上京し、広いとはいえないが防音防犯のしっかりとした部屋に暮らしている。仕事に対しても大きな不平不満はない。視力が低くコンタクトや眼鏡をかけないと見えないことが多いのと、毎年の冬に必ず風邪を引くことを除けば体も丈夫だ。大きな買い物や契約もないので払わなければならないローンなどもない。

 幸福だ、と大きな声で言えるほどではないが、少なくとも不幸だと宣言するほどでない。

 だが、ある側面だけ見ると私は不幸と言わざるを得ないのだ。

 そしてその不幸ゆえに私はこの町を去るのだ。気持ちに区切りをつけるために。

「改めてみると多いなあ」

 収納スペースに詰め込まれた服の多さに我ながら呆れかえってしまう。

 一着を手にとって広げてみる。

「いつ着るつもりで買ったんだろう」

 高い服を買っていたわけでもない。安い服を大量に買いすぎたわけでもない。

 人と遊ぶとなったとき、これといって他人と共有する趣味のない私の選択肢が買い物だったのだ。買う気がないとはいっても、実際に良い物を目の前にすると、財布の紐がゆるみ購入してしまう。それが私の性質なのだ。

 詰まるところ、この服の山は私が人と出かけ、築き上げた関係性によるものなのだ。会社の同僚や仲のいい友人。

 そして元恋人達だ。私には過去に三人の恋人がいた。




 上京するにあたって、同じ学校の上京組とは連絡先を交換していた。全員初めての土地に対して大なり小なり不安があったのだろう。

 不慣れな土地で故郷が恋しくなるのはもはや必然だった。心配事を仲間内で共有し、お互いを慰め合う。今思うとそんなことで悩んでいたのか、と思うようなことも共有していた。

 そんな前にも後にも進んでいない交流を続けているうちに、ひとりの男子と仲が良くなった。学校に入学した当初から同じクラスだった人だ。

 連絡を交わすだけではなく、行きたい場所へ二人で行くようになった。その外出をデートと呼び、お互いを恋人と認識するまで、そこまで時間はかからなかった。どちらから告白したのかは今となっては覚えていない。同時に告白したのだったろうか。

 恋人となり、いつものように買い物へ行き、夏が近いからと言うことで白色のワンピースを買った。自分の趣味ではなかったが、彼が着ているところを見たい、と言ったのもあり、買うことを決めたのだ。

 別れ際、手を振って離れていく彼の背中を見ながら、間近に迫った夏を楽しみにしていた。

 次の日、彼は帰らぬ人となった。

 事故だった。雨の中を運転していた原付がスリップし、そのままの勢いでガードレールに激突。打ち所が悪かったのかそのまま亡くなったそうだ。

 このまま終われば恋人を失った悲劇ですむ話だった。彼のお通夜に恋人を名乗る人間が三人も現れなければだ。

 連絡先を交換していた同じ学校の、他の女子二人にも告白をしていたというのだ。

 お通夜に起こった混乱で、彼の親族側は大騒ぎとなったのは昨日のことのように思い出せる。当事者である三人は不思議と冷静で、今でも年に数回やりとりするくらい仲が良くなった。二人とも今は結婚をしている。


 手に取った白いワンピースを、私はゴミ袋の中に入れる。思い出したらなぜ今まで持っていたのか不思議に感じた。

 結局この服を着ることはなかった。着たところで私の気持ちが晴れやかになるわけでもない。故人とはいえ、不貞を働くような輩との思い出を大事にしているのも馬鹿らしくなってきた。




 何の縁か。不思議なことはあるもので、二人目の恋人は一人目の彼の友人だった。

 お通夜の数日後、三股をかけられた三人が集められ、開口一番に謝罪を受けたのだ。

 複数の女性と付き合いがあること、それについて忠告をしたものの止めることができなかったこと。彼から受けた謝罪はそんな内容だった。

 元々、怒りよりも先に呆れが勝っていた私たちは、その友人からの謝罪に対して、

「あなたが謝ることではない」

「そもそも三股をしたあいつが悪い」

「謝罪をするのは死んだあいつがするべきだ」

 等と、故人を偲ぶことなどせずに、平謝りする彼に気にしないように言葉をかけた。結果的に悪口大会になったところをみると、全員なにかしらの鬱憤は溜まっていたのだろう。

 その日はそのまま解散したが、どういうわけか、私と彼はその後も連絡を取り合っていた。

 共通の友人に対する思い出が、次第にお互いを想う言葉になり、愛をささやく言葉へとなっていった。今になって考えると、元恋人がどういう人物であれ、このスピードで新しい恋人を作るのはどうかしていると思う。しかも嗜好まで意気投合した私たちは熱烈な程に愛し合っていたのだと思う。

 恋人となり、いつものように買い物デートへ行った。これから冬で寒くなるからと、色違いのセーターを買った。

 帰りの時間が遅く、お互い翌日予定があったのもあり、買った服を私の家に置いてその日は分かれたのだ。

 翌日から彼と連絡が取れなくなった。電話もメールも返信が無く、自宅に行っても留守。勤め先など知らなかったので、彼がどこへ行ったのか本当にわからなかった。

 その後、彼と会うことは二度と無かった。


 封すらあいていない大きさと色の違うセーターを、私は迷うこともなくゴミ袋にしまう。

 捨てられたのだと思いショックを受け、買った袋ごと収納スペースの奥に投げ込んだのだろう。そのまま今の今まで奥底に眠っていたようだ。

 今となってはこれを見ても何とも思わない。むしろあの頃の情熱が病気だったのではないかと思える程だ。




 三人目の恋人ができたのは、二人目の恋人が消えてから一年後だった。

 というのも私が男性不信になってしまったのもあるのだろう。いいなと感じる人がいたとしても、裏切られることになるだろうという感情が生まれ、そのまま簡単な付き合いで終わってしまう。

 仕事が忙しかったのもあるかもしれない。

 理由はどうあれ、一年という時間の中で、深く付き合うような人間関係は構築されなかったのだ。

 だからこそ、彼女から告白されたのは驚きだった。

 仕事の同僚である彼女とは、仕事ではもちろんのこと、同性の上司と三人でランチをとったりと一緒に行動をすることがあった。

 上司は私の恋愛事情を知っていたということもあり、三人で会話を弾ませるときにそういう話題には触れないようにしていた。結果として上司の子供の話等が増えていったのだが、うんざりするほどではなかったので楽しい時間を過ごすことができていた。彼女から恋愛の話題が出なかったのも同性として不思議に思っていたが、女性全てがそういう話題に興味があるのではないだろう、と思い、特に気にすることはなかった。

 蓋を開けてみれば、彼女の恋の向く先は私で、その感情をどうすればいいのか処理しきれなかったから、そういう話題を避けていただけだったのだが。

 彼女からのカミングアウトを、私はすんなりと受け入れた。その好意も、全てを。

 同性との付き合いというものをどうすればいいのかわからなかったが、普段通りの付き合いと何かが変わることはなかった。会社では普段通りにし、休みの日には一緒に買い物に出かける。お互いに似合いそうな服を選び、その服を着てまた出かけるということをしていた。一番楽しい時間だったかもしれない。

 楽しかった。だが、彼女が最後に選んだのは男性だった。

 上司が子育ての楽しさや苦労を話すのを、彼女が目を輝かせながら聞いていたのには気がついていた。子供が好きで本当は保育士になりたかったという話もしたことがあった。

 だから、男性と結婚し子供を産む、と言われたとき、悲しみよりも応援したい気持ちのほうが強かった。それよりも、私に告白してきたときよりも辛そうな表情に耐えれなかった。

 私は怒ることも泣くこともせず、別れを受け入れた。

 そして、やはり悲しい気持ちがあったのだろう。私は上司に連絡をし、会社を辞めたのだ。幸い、仕事もちょうど区切りがついたころだった。辞めることに対してのトラブルはほとんどなかった。

 あの日以来、彼女から連絡はない。


「……いっぱい買ったな」

 彼女との交流は新鮮で、出かける度に自分の知らなかったファッションコーデの仕方を教わり、どんどん着れる服が増えていったのだ。

 何着もある服をまとめてゴミ袋に入れる。

 中には一回しか袖を通していない服もあるだろう。いつ着るのかわからない服もあるだろう。だが、二度と着ることがない服を持っていても仕方がない。




 すっかり空っぽになった収納スペースを前に、私はしばらく動くことができなかった。

 就職をして、東京に来た。

 この土地に来た理由はそれだけだ。

 恋をして、別れる。そしてまた恋をする。

 どれほど悲しい別れや手ひどい裏切りにあったとしても、私はまた恋をして服を着る。

 新しい服を着るためにも、今まで持っていた服は全部ここへ置いていく。

 新しい場所で、新たな関係を築き、買った服を前にいつ着るのだろうかと楽しみにする。

 私は繰り返し、恋をしていくのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

服と私の関係性 蒼狗 @terminarxxxx

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ