第二十七章 初バイトIn異世界(3)
フレイヤの説明を無事に聞き終えた後、少し早めの夕食を頂くことになった。
電気製品がないこの世界。夜は早めに夕食を食べ、用がない限りは早々に寝るのが慣習らしい。
幸いなことにこの日は客もいない。
なので安くもない油代を少しでも節約できる良い機会だ、とルーカスは大口を開けて笑う。
笑いながら器用に作るルーカス渾身のスープか本日のメインメニューだ。
それとパンに、瑞々しい赤い色を放つ林檎に似た果実が一つ。
朝のメニューと大差ないが、まぁ養ってもらう以上贅沢は言うまい。
一人暮らしをしている時に食べていた食事よりはるかに見目も良く美味しいのだから。
カトリーナが見事なナイフ捌きでパンを食べやすい大きさにカットする。
石のように固いパンだ。黒パン、というのか、最近流行りのハードパンにも似たパンだ。
食べ方は至ってシンプル。カチコチなそれをスープに浸して柔らかくしてから食べる。
朝に食べたパンは白パンだったが、フレイヤ曰くそれはここに泊まっている常連客からの貰い物で、普段食しているのはこの黒パンだというのを教えてくれた。
正しく異世界あるあるだ。
中性時代に似た世界観に食生活、それ相応の文化ーーーーー。
ここに地球の商品が取り寄せれたら俺TUEEEE的な展開になるのに。
残念かな、僕はなんの力もないただの高校生。年下のフレイヤにすら子供扱いされる不甲斐ない男だ。
僕はスープに浸していない固いままの黒パンを一切れ摘み口に放り込む。
固い。それに酸っぱい。けれど素朴な麦の味が口の中に広がる。
いつまでも口の中に残るそれは、でき損ないのガムのようで……、僕は不意に心に過った郷愁を誤魔化すように黒パンを塊のまま飲み込んだ。
家族の思い出じゃない。
不意に思い出したのは、友達と過ごした何気ない放課後の一コマだ。
中学時代からの友達と帰った帰り道で、おやつを買う余裕がない僕を見かねて分けてくれた駄菓子のガムの味。
決して金銭に余裕のない彼らであったが、少ない小遣いの中から僕にガムを奢ってくれた。
味は薄かったけど、僕にとってはどんなお菓子より美味しかったのを覚えている。
なんだろうな。
似ても似つかない出来損ない味だけど、ははは。
なるほど、これは美味しいや。
そんな僕の気持ちも知らずに、
「ハヤトったらそんなにお腹がすいていたの? 黒パンなんてそのまま食べても美味しくないでしょ」
まるで食いしん坊な弟を諌めるように、苦笑まじりにそう注意するフレイヤ。
悪かったよ。
つい手が出てしまったんだ。
つまみ食いなんて、実家にいた頃は一度もしたことがなかった。
仕事が忙しい両親が、同じ食卓を囲んだことなんて一度もなかった。
母親は料理もせず、口に出せば仕事仕事だ。僕の口にするものは家政婦の作った料理かたまに来るシェフの料理だけ。
一流なのだろうが、僕にとって望んでいた味ではなかった。
僕が欲していたのはもっと素朴で温かみのある味であった。
家を出て一人暮らしをしていても、僕の望んだ味はついぞ手に入らなかった。
お金なんかいらない。
ただ温かみのある家庭が、フレイヤの家族のように一緒のテーブルでご飯を食べたかった。
だからかな、つい魔が差したんだ。
友達に聞いた“つまみ食い”という行為をしてみたくて。
『やってみてどうだった?』
ここにあいつらがいたら、こう聞くであろう。
まるでイタズラが成功した子供のように、晴れやかな嫌味のない笑顔を浮かべて。
そんな彼らに僕はこう答える。
ーーーーーーーあぁ、最高だよ。
って。
それから僕はルーカス一家と二度目の食卓を囲む。他愛もない雑談を交えながら和気藹々と。
この時間があまりに楽しくて。だからかな本当は気にかけないといけないのに、目の前に広がるありふれた夕食を食べ終えるまで僕は、二階の一室で眠る彼女の存在を忘れていた。
まるで現実逃避をするように。
僕が笑いながらスープに浸した黒パンを噛みしめたその時、一切の光が遮断された暗闇に支配された小さな部屋で動く影があった。
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