第二十四章 発狂、支離滅裂、病んだお姫様
ナタリーアの言葉は続く。
敗戦後。
自分たち双子の姉妹を牢獄塔に収監して終わりではなかったと。
本当ならば私たちが人身御供となれば国民の安全は保証されると。そうあの王太子から聞かされていた。
私たちはその条件を飲んだ。
今まで私たちが平穏と暮らしてこれたのは私たち皇族を支えてくれた国民のお陰だから。
この身を捧げることで彼らの安全が担保されるのならば。例え国を裏切った売国奴と罵られても双子の姉妹は甘んじて受け入れるつもりだった。
だけど・・・・・・、彼らは、王国は私たちを裏切った。
あの男の言葉は全て嘘。私たちを信じさせ油断させるための甘言でしかなかったのだ。
悔しい。
だけどなにも出来ない非力な自分たちがもっと情けないと、私たち姉妹は肩を寄せ合ってさめざめと泣いた。
一日、二日、三日と日々が無駄に経ち、私たちはいつあの下卑た笑みを浮かべた王太子が牢の扉を開けてやって来るのかと戦々恐々としながら日々を過ごした。
まるで生きた屍のような無意味な日々。
喜怒哀楽全ての感情が抜け落ちるのもそう遅くはなかった。
皇宮にいた頃のリーシュネアはよく笑う明るい女の子だったのに、今の彼女は暗い表情で虚空を見つめるのみ。
牢番が運ぶ質素な食事も自発的に手をつけないので、私が口移しで無理やり食べさせた。
食べないと死ぬから。
だから、食べよう?
ねぇ、リーシュ。リーシュ。
反応のない愛すべき半身である妹に必死に
呼び掛けつつ、私は食べたくもない食事を食べさせ続けた。
彼女が死んでしまえば、私も生きていける自信がない。
妹がいるから、この残酷な日々も生きていこうと自身を鼓舞することが出来るのだ。
生きてさえいれば、きっと活路は開ける。
私はそれだけを信じて、牢獄の中で意味もない生にしがみついていた。
そんな地獄のような毎日が一週間ほど経った頃、私たちにある転機が訪れた。
それはーーーーーー、
「・・・・・・詳しくは覚えていないのですが、私を助けてくれた人がいたのです。
彼はアルザルシア王国の兵士の格好をしていましたが、訛りから神聖国人だと分かりました。
今思い返すと彼は王国に紛れていた間者だったと思います。まだ比較的理性があった私を連れ出してくれました。
身代わりはどうするのかと問いました。そして妹を放って逃げることは出来ないとも。
けれど、その男は私によく似た身代わりの女性を用意し、妹は保険のために置いていくと言い放ちました。
初めから助けるのは一人と決めていたのでしょう。二人は目立ちますから。
それにリーシュネアは極度の恐怖と心労がたたり、精神が狂い始めていましたからね」
彼は私を神聖国を建て直す希望であり、旗印であると何度も告げてきて。
また必ず妹も折を見て助け出すと。だから逃げ延びてほしい。アルザルシア王国の東方に位置するヤヤラム共和国まで落ち延びてくれとも。
私はその言葉を信じて着の身着のまま牢獄塔を、祖国である神聖国を脱出した。
だけど、女一人ではそんな遠くまで逃げきれず、
「・・・・・・神聖国とアルザルシア王国の境界線でハヤト様も会ったあの奴隷商人の一派に捕まり、危うく闇オークションに賭けられる寸前で貴方様に助けられた、というわけです」
神聖国人の女は高く取引されるのですよ。特に垂れ耳の女は、と自虐的に呟くナタリーア。
「・・・・・・」
ナタリーアの語った残酷な現実に僕たちはどう声をかけたらいいか分からず黙り込んでしまう。
戦う以上勝者と敗者はいるもので。けれど勝者が負けた者の末路を憂うことはない。
アルザルシア王国も例に漏れない。それが証拠に国を挙げて勝利の余韻に浸っていて、誰も神聖国のことなど気にしてもいない。
でも、それが普通だ。
仮に立場が逆ならばナタリーアたちも同じことをしていたから、とも正直に口にする。
だからその事自体に恨んでいる訳ではない。
ナタリーアが許せないのは、もし私たち姉妹を手に入れる為だけに戦をけしかけ、無辜の民を傷付けたという消えようもない大罪であると。
そんな下らない理由で私たちの平和な日常を奪い去り、お父様やお母様、お兄様にまだ赤子だった二人の弟を死に追いやったアルザルシア王国を決して許さないと低くくぐもった声で告げた。
けれども許せないのはアルザルシア王国の王族であり、国民にはなんの恨みもないとも告げたナタリーア。
その言葉を聞いてフレイヤたちは顔のこわばりをほんの少しだけ弛める。
どう取り繕うとも自分たち王国民は加害者で神聖国は被害者だ。
いくら王族主体の戦争だから、命令で仕方なく参戦したからと言っても、一兵士として戦場で多くの神聖国民の命を奪ってきたのは紛れもない王国民である自分たちである。
ルーカスも自身のやってきたことに身に覚えがあった。
妻のカトリーナは後方の補給物資隊に配属されていたので、直接の加害はないがそれでも戦争を裏から支援していたのは事実だ。
口に出して謝るべきか、土下座でもなんでもして許しを乞うべきか。
いや、この優しい皇女様は望まない。
彼女は言っていたではないか。
我らに恨みはない、と。
その言葉の裏に隠されているのは、我らも貴方たちに恨まれて当然。
どのような経緯があれ、互いの国民を憎みあって殺し合いを繰り広げたのは事実だから。
数十年と続いた無益な戦で殺された両国民の犠牲者は数知れず。
だから、ナタリーアは糾弾しない。
真の被害者なのは神聖国とアルザルシア王国の国民であり、真の加害者は両国の支配者たちであると。
頭では分かってはいる。
けれど、心の方が許せないのと叫ぶのだ。
だからせめてもの復讐に、とナタリーアは再び言葉を紡ぐ。
「・・・・・・私は王族を、理不尽な世界を恨み続けることにしました。
非力な自分では何も行動を起こせないし、それを実行する勇気もない。
けれど実際に手を下す訳にもいかない。最初は考えました。あの男に伽を命じられ、閨に呼ばれたその折りに妹と二人であいつの首を絞め殺してやろうと。
けれど、それももう出来ない。
あの時、私は差しのべられた手を払い除けたら良かったのに、私は妹を犠牲にして、自分だけが助かろうとしたのです。
あぁ、何と浅ましい。
リーシュネアに会わせる顔がありません。
許して、許して。許して、リーシュ。
自分勝手な私を許して、許して」
次第に様子が可笑しくなるナタリーア。
情緒不安な人のように言っていることが支離滅裂になっていく。
このままでは埒が明かない。それにこれ以上はナタリーアが可哀想だ。
僕は発狂寸前のナタリーアを背後から羽交い締めし、その隙に音もなく僕らの傍に近寄ったルーカスがナタリーアの首筋に手刀を入れる。
寸分違わぬ見事な腕前だ。モロに入ったナタリーアは糸が切れた操り人形の様に意識を失ってその場にへたり込む。
全体重が僕の両腕にかかり、ナタリーアが華奢だとはいえ人一人分の体重を支えるのは中々に厳しいものがある。
脱力しているのならば尚更だ。
ぐぎぎと歯を食いしばって懸命にナタリーアを抱えながら転けないように踏ん張っていると、
「ーーーーーーこのままだと大変だから、空きの客室に運ぼう。おい、フレイヤ。お前がしばらく彼女のことを看ていてやれ」
ひょいと僕の手から軽々とナタリーアの身体を取り上げると、お姫様抱っこの体勢のまま部屋の外へと向かう。
フレイヤもルーカスの言う通りに、両手が塞がった父親の代わりに扉を開けて彼の後に続く。
パタン、と扉が音を立てて閉まるのとほぼ同時に僕は全身の筋肉が一気に脱力するのを感じた。
張り詰めていた糸がプツンと切れた感じだった。
怒涛の展開であった。
映画で例えるならば上映時間の半分が過ぎた辺りか。
色々な情報が頭の中にドォーと流れてきて、上手く整理したり処理するのも困難なような気がする。
というか事が重大すぎて、一介の高校生でしかない僕がナタリーアを助けてあげられるのかも分からなくなってきた。
助けてあげたい気持ちもある。それは嘘偽りのない僕の正直な気持ちだ。
だけど、彼女が亡国の皇女で、何やらキナ臭い奴らと繋がっている。
彼女と関わり続けることはこの宿屋に迷惑をかけるのではないか。そんな考えが脳裏を過る。
でも今更ナタリーアを見捨てるわけにはいかない。
どうすればいいのか。
僕は頭を抱えてその場に踞る。
増大し続ける不安に押し潰されそうだ。
そんな僕を慰めるように、同じ空間に残ったカトリーナが僕の身体を包み込む様に抱き締めてくれた。
暖かい。
それに何だかホッとする。
思えば他人に抱き締められたのっていつ以来だろう。
僕はカトリーナの暖かさを服一枚越しに感じながら、これからのことを考え始めた。
ルーカスに話した僕の気持ちは変わらない。
肝心なのは“他人に迷惑をかける覚悟”。
そしてナタリーアの気持ち、つまりは本音だ。
腹を割って彼女と話し合うべきだ。
僕はしばしカトリーナに抱き締められながら、ナタリーアと向き合う覚悟を、勇気を体内で高めていくのであった。
◆あとがき◆
いつも読んでくださりありがとうございます。
早いもので投稿してから1ヶ月経ちました。
たくさんのレビュー、応援、フォローしてくれた方には感謝しかありません。
これからも応援してくれたら嬉しく思います。
できる限りに誤字とかはないように推敲していますが、もし発見したら教えてくださるとありがたいです。
最後に本作を読んでくださる全ての読者様に最大限の感謝を。
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