第二十一章 街娘にジョブチェンジしたお姫さま、その正体?

「じゃじゃーん!! お待たせしました!」


僕とルーカスの話し合いが終わって数十分後。


部屋と廊下を隔てる扉が勢いよく開き、ついでえらく興奮した表情のフレイヤが姿を見せた。


フレイヤに手を引かれて後に続くようにして部屋に入ってきたのは、まるで別人のように様変わりしたあの奴隷の少女であった。


ここに来た時はボロボロでみすぼらしい出で立ちの少女だったのに、今の彼女は美しさはそのままにどこに出しても恥ずかしくない街娘に変貌していた。


薄汚れた髪や肌はピカピカに、泥や垢は綺麗に拭われていた。破れてて汚い服も、そんなに上等な物ではないものの、清潔そうな草木色のエプロンワンピースに変わっていた。


可憐な少女の容姿によく似合っている。服はフレイヤのお下がりなのかな? 心なしかあの子も嬉しそうだ。


見違えたかのように綺麗になった少女を見せつけるように、フレイヤは抵抗感を残す彼女を半ば強引に前へと押し出す。


脱帽するほどに美しい。


美少女は何を着ても美しいのは本当なんだな。フレイヤも十分に美人だけど、それをはるかに上回るほどにこの少女の容姿は美しかった。


金と銀のオッドアイに見つめられて、僕は酸欠の魚のように口を間抜けにパクパクと開閉させて固まってしまう。


元々、童貞には過ぎたる美少女だ。


日本では知り合えるどころか接点すらもてないほどの美少女だ。


赤くなって固まってしまうのも致し方無しといったところか。


僕の反応を見たフレイヤは満足げに頷くと、


「苦労した甲斐があったわ。良かったわね、ハヤトか喜んでくれて」


やっぱり女の子は綺麗でいないとね、と実の妹のような気安さで少女に接するフレイヤ。


僕のいない間に随分と打ち解けたようだ。やはり同性同士仲良くなるのが早いようで・・・・・・。


まだ少し少女の方は表情が硬いようだけど、それでもここに来た時よりは警戒心が薄れた気はする。


二人の後に続いて部屋に入ってきたのはフレイヤの母親のカトリーナであった。


彼女はスープが注がれた木の椀を手にしていた。ホカホカと湯気が立つソレは実に食欲をそそる香しい匂いを漂わせていた。


その匂いにいち早く反応したのは他ならぬ奴隷の少女であった。


お腹が空いているのか、キュルルルル~と可愛らしい音が少女のお腹から聞こえてきた。


それとほぼ同時に少女がサァッと顔を赤く染めて空腹を訴えるお腹を服の上から押さえる。


まぁ、うん。


その気持ちは十分に分かるよ。


僕も人のいるところでお腹が鳴ったら恥ずかしいもの。


とはいえ欲求には素直にならなきゃ。食べないと倒れちゃうよ。


「お腹が空いてるんでしょう? 恥ずかしがることはないよ。空腹を訴えるのは君の身体が生きたいって言っている証拠なんだから」


僕はカトリーナから受け取った木椀を少女の鼻先へと運ぶ。


空腹にこの匂いは酷であろう。現に少女は涎を垂らさんばかりの勢いで木椀を大きく見開いた両目で凝視している。


受け取るべきか否か。


迷っている様子の少女の手を取って、僕は自身が座っていた席を譲るような形で半ば強引に座らせる。


コトリ。


少女の前に木椀を置く。もちろんスープを飲む際に使う小匙も添えて。


この誘惑に勝てる人間はいない。


僕の顔を恨めしげに見ていた少女は、己の内で膨れ上がる誘惑と葛藤するような表情を見せていたものの、やがて肥大する欲望の圧に押し負けたのか悔しそうに匙を手にとってスープを啜り始める。


「・・・・・・っ!!」


最初は恐る恐るスープを啜っていた少女であったが、次第にスープを飲む手が止まらなくなっていく。


作法はお上品なものの、一心不乱にスープを飲み進めていく少女。どうやら味はお気に召したようだ。


自身の母親の料理の腕前が受け入れられたことにフレイヤは嬉しそうな表情を浮かべた。


確かにカトリーナの料理は美味い。それは間違いない。


安宿の料理にしては十分すぎるほどの、いや一流料理店にもひけを取らないほどの卓越した料理の腕前。


幼い頃に両親の付き添いで連れて行かされた三ツ星レストランの味にも負けず劣らずの腕前をカトリーナは持っている。


だから美味しいのは当たり前。


お姫さま然としたこの奴隷の少女の口に合うのも必然というものか。


カトリーナは自身の料理が受け入れられたことにホッと胸を撫で下ろす。飢えた獣のように一心不乱にスープを啜る少女を優しい視線で見つめ、


「まだまだおかわりはあるから、ゆっくり食べてね。ーーーーーーフレイヤ、厨房に置いてある賄い用のパンを持ってきてちょうだい」


「分かった、二個で良い?」


「えぇ、そんなに持ってきても食べられないでしょうし」


了解、と短く返事を返したフレイヤはパタパタと忙しなく足音を響かせながら、少女に与えるパンを取りに厨房へと向かう。


まぁ、スープオンリーよりはパンもあった方が腹持ちはいいか。


僕は世話焼きな母子の姿を和やかな表情で見守っていると、不意にある違和感を目の前でスープを啜る少女に抱いた。


共同の洗い場で別れた際には抱かなかった違和感だ。


「・・・・・・?」


何だろう?


僕は首をかしげつつ、違和感の正体を探るべく少女の全身をくまなくそれこそ舐めるように視線を動かす。


すると、ある事実に気づいた。


本来人の耳があるべき箇所に、まるでウサギの耳のような白銀色のフワフワな耳があったからだ。


綺麗に髪の毛を洗われて、ボサボサだった髪の毛をすいてくれたのだろう。それで隠れていたウサギ耳が姿を現したようで。


僕は人ならざる獣耳を目にした瞬間、驚きのあまり思わず勢いあまって机の天板裏に膝をぶつけてしまう。


その音と衝撃にスープを啜っていた少女がビクリと肩を縮こまらせて固まってしまう。


一体何事かとルーカスとカトリーナが眉を潜めて僕へと視線を向ける。


いやいや、これ僕が悪いの?


普通は驚くでしょう!?


僕はまるで非難するかのような二人に反論する形で口を開く。


「いや、二人は知ってるんですか? 彼女の耳のこと・・・・・・!!」


「? あぁ、知ってるよ」


「神聖国の人間はウサギのような獣耳をしてるのよ」


垂れ耳なのは珍しいけどね、とさも当たり前のようにあっけらかんとした口調なルーカスとカトリーナ。


そんなのは初耳だ。


・・・・・・こう思ったらあれだけど、あの耳を触ってみたいと思うのは僕だけでしょうか。


フワフワなウサギの耳。


美少女にウサギの耳・・・・・・。


うん、ものすごいパワーワードだよね。


僕は身体の置くから沸き上がる欲望に翻弄される形で、フラフラと少女の元へと歩み寄る。もちろん両手の指をワキワキと怪しく動かしながら。


ダメだ、と分かっていても膨れ上がる欲望には抗えず、僕は鼻息荒く少女のウサギ耳へと手を伸ばす。


あとほんの少しで指先にフワフワな耳が触れそう、そんな時。


「ハヤト!? その子が怯えてるでしょうーが!!」


厨房からパンを取ってきて戻ってきたフレイヤの怒鳴り声が室内に響き、ついで間髪いれずに僕の頭に硬いパンが投げつけられる。


カチカチのフランスパンのようなパンだ。あまりの痛さに僕の中で肥大していた欲望がみるみる内に萎むのを感じた。


涙目で少女へと視線を向けると、確かにフレイヤの言う通りだ。


すっかり怯えた表情で僕を見つめるウサギ耳の美少女。プルプルと華奢な身体を震わせる彼女を見て一瞬可愛らしいとキュンと心臓が高鳴るも、すぐさま僕は自分の蛮行を恥じて後悔した。


折角打ち解けてくれかけてたのに、ぼくのせいだ。


穴があったら入りたい心境で、僕は平身低頭で少女に許しを乞うべく謝罪を繰り返す。


けれど、これだけは知っていて欲しい。


僕は決してやましい気持ちがあったわけじゃなく、純粋な好奇心から彼女の耳を触ろうとしただけで他に他意はないです。


本当に、うん。


童貞らしい言い訳を脳内で垂れ流しつつ、謝罪し続ける僕はある誓いを立てた。


それは、気安く女の子に触らないこと。



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