所持金が12円しか持っていない僕が、異世界と呼ばれる場所で何故か奴隷を買って、最終的に国を興すことになった件
@nama96
序章 異世界転生なんて望んでいない
それはまさに青天の霹靂であった。
いつものように僕は高校の帰りに一度寮に帰って、寮費と生活費を稼ぐべく夕方のアルバイトに出掛けようとしていた。
週四日のコンビニのバイト。平日の夕方五時から高校生が夜働けるギリギリの時間まで。
時給は九百円。日給に換算すると五千四百円。月給だと八万六千円くらいの稼ぎになる。
土日に働かないのは友達と遊ぶのと勉強する時間が欲しかったからだ。
僕の友達はバイトしてないので、やはり遊ぶ日は休日になってしまう。毎週会って遊んでいる訳じゃないけど、土日開けておけば急な誘いにものれるし、なにかと便利なのだ。
それに長期休暇ともなるとコンビニバイトの他にも短期のバイトを入れるので月十五万くらいの稼ぎにはなる。
男の一人暮らしに加え、このオンボロ寮の寮費などたかが知れている。八万六千円のうち四万くらいで全て賄える。
余ったお金は貯金していた。いつもなら・・・・・・。
しかし、今回ばかりはあまり手持ちに余裕がなかった。
夏休みに突入するということで仲良し三人組と関東一有名な大型テーマパークに遊びに行くという話になり、僕はいつもなら貯金に回す予定の余り金全額をその旅費に充ててしまったのだ。
たまにしか行かないから、と四万円全額。四万のうち残り二万は食事代とかお土産代に分けてはいたがーーーーーーー。
そんな暴挙に出たのは二日後には給料が入るから、という安心感があったからというのもある。
そんな平凡な日常が目の前から消え失せているのに、僕は実際に自分の目で見るまでは信じていなかった。
いや、そんなものが突如として無くなるとは思っても見なかったのだ。
いつものように高校から徒歩五分の位置に建つ建築年数五十年のオンボロ寮へと帰宅したその時。
僕はいつもと違う光景に目を剥いて唖然とした。
朝には何ともなかった我が家。
なのに、今は何台もの大型トラックにクレーン車が寮の前に駐車しており、筋骨粒々なガタイのいい土建屋のおじさんが寮の出入り口を往来していた。
「あ、あの、何してるんですか?」
ものものしい雰囲気に動揺からか声を震わせながら、僕は門の前で作業していた作業員の一人に声をかける。
僕の存在に気づいたおじさんは、土で汚れたずずぐろい顔でこちらを睨めつけると、
「何のようだ坊主。ここは立ち入り禁止だぞ」
愛想のない声でぶっきらぼうにそう答えた。
というか立ち入り禁止と言われてもこちらも困る。ここは僕の家なのだから、この寮に入る権利は僕にもある。
「そ、そんな話聞いてないぞ。朝出たときには工事の予定なんて聞いてなかったし、掲示板にもそんな張り紙なんて張ってなかったんだからな」
そうだ。この寮には僕しか住んでいないが、それでも寮というくらいなのだから寮母もちゃんといる。
だからなにか知らせがあると掲示板にちゃんと張り紙をして知らせてくれる。工事の話なら絶対知らせてくれる。
こんな住人に許可も得ず無断に、しかも急にだなんて絶対にあり得ない話だ。
いったいどこの回し者だと思ってトラックの荷台に書かれている会社名を見てやろうと駆け寄ると、そこには見たくもない会社名がデカデカと記載されていた。
「・・・・・・隼コーポレーション」
僕の実家である隼コーポレーションの文字が白いインクでデカデカと書かれていた。
どうやらこの土建屋はウチの会社の子会社のようだ。となると話は早い。
あの自己中な両親が手を回したに違いない。家を出た僕を連れ戻そうと躍起になっているあのクソ親どもが。
きっと有無も言わさずにこの土地を買い取って寮をぶっ潰そうと企んだのだろう。住む家が無くなれば帰ってこらざるをえないと。
東京で月八千円の家賃なんて場所はない。最低でも二~三万はかかるだろう。そうなったらとてもじゃないけど八万円じゃ暮らしていけない。
どうしよう。
取り敢えず事実確認を、とも思ったけどそろそろバイトの時間だったのを思い出す。せめて顔出しはしないと、というかバイトも続けられる気がしない。
なんかもう頭の中がぐっちゃぐっちゃに掻き乱されてマトモな思考ができる自信がない。
フラフラと覚束ない足取りでアルバイト先であるコンビニへと向かう。
寮とは反対側に住宅街が犇めくようにして健在しており、僕の働くコンビニはその一角にヒッソリと営業している。
来るのも近所の人か学生のみで、いかにもアットホームなコンビニであったので、学生のみそらでも働きやすかった。
だから応募した。そして採用された。
ただそれだけの職場だ。愛着も執着もなかった。
だけど、それなりに楽しかったのも覚えている。
なのに、第二の衝撃が僕を襲った。
開いた口が塞がらない。
高校男子の足で徒歩五分県内の職場だ。
住みかである寮を失い、ショックから抜け出せない僕の目に飛び込んできたのはかつての職場であるコンビニ“跡”であった。
どうしてだ?
昨日まで、というか僕普通にバイトしてたよな昨日も。そんで店長だってまた明日って言っていたよな?
なのに何でまるで夜逃げしたみたいになってるんだよ!?
ふざけるなよ!! 給料日まであと二日だったんだぞ! 八万あればどうにか当面の間いけると思ったのに、くそっ!! こういう場合労基に連絡すればいいのかな?
いや、そんなことより今日どうすんだよ。僕所持金たったの十二円しか残ってないのに・・・・・・、晩御飯コンビニの廃棄の弁当とか貰って食いつなごうと思ったのに。
泊まる場所もなくて、食べるものもなくて、半日にしてホームレスになった。
普通のガキならばここで親に泣きつくだろうが、あんなクソ親に泣きつくなんて死んでもごめんだ。
あの作業員らが居なくなるのを見計らって荷物を取りに行こう。元々あまり荷物なかったし、必要最低限の物だけ持って行けばいいだろう(教科書とか下着とか)。
コンビニの自動扉に貼られた閉店の紙を睨み付け、日が落ちるまで僕は時間潰しをするべく夕方の町中をさ迷い歩くのであった。
ーーーーーーーそれからはあまり覚えていない。
あてもなく歩いていたら何か雨まで降り始めて、僕は服が濡れるとかそんなのもお構いなしに住宅街側の川沿いの道へとやって来ていた。
暗くなった上に雨のおまけ付き。ものすごく視界不良なことだろう。濡れ鼠みたいな僕はさぞ幽霊に見えることだろうよ。
現に通りすぎる人はみな見たらいけない人を見るように怪訝な表情を浮かべて、それでも無遠慮な視線を向けて過ぎ去っていく。
そんなのも気にならないほどに、僕は精神肉体共に疲弊していた。
ボンヤリとしていたからか、道の向こうからもうスピードで迫ってくる車に気づかなかった。
気づいた時にはもう遅い。
視界を覆い尽くす眩い白光、身体全体を貫く重い衝撃と貫くような痛み、そしてフワッとした独特な浮遊感が五感を襲う。
数秒のち僕の身体は引力によって地面に落下する、と思いきや場所が悪かったのか、道路脇のドブ川へと墜落してしまう。
バシャーンと重たい物体が水面に落ちた時のような水飛沫が響く。それをどこか他人事のように聞きながら薄ボンヤリとした頭で自分の身に起きた出来事を推察する。
簡単なことだ。
推察することもない。
自分は車に轢かれて川に落ちた間抜けという事実だけだ。
普段ならば脅威にならない水量だが、負傷して満足に身体が動かない今の自分では話は別だ。
どれだけ負傷したか分からないが、このままだと溺れ死ぬのは確実だ。
ゴボゴボと肺に溜まった空気が口から零れていく。溺れまいと必死にあがこうとするも、駄目だ。
意思とは裏腹に身体が言うことを聞かない。
死ぬのか、僕は?
漠然とした問だが、それでも真理はついていると思った。
クソな両親の策略で住む家を失い、突然の夜逃げでバイト先も失い、挙げ句に交通事故に遭って、そのついでみたいに川で溺れて、本当に運の悪いときはとことん悪いなぁ、とどこか他人事のようにひとりごちる。
思い残すことはたくさんある。友達と約束した旅行、恋愛、その他諸々・・・・・・。
だけど人生とはどうにもならないものだ。
ある意味、これが僕の運命だったのかも。
あの日、家を出た時から僕はこうなる運命だったのだ。
最後の空気を吐き出すと同時に、辛うじて保たれていた僕の意識もだんだんと薄れていく。
このまま水の一部になれるのならそれも悪くない。
昔家族と行った海水浴の記憶を思い出しながら、僕は僕という個の意識を虚空へと手放した。
あの世という世界があるのか。
これは全人類が抱く共通の謎であり、願いであろうか。
天国や地獄の存在を信じるからこそ、人は善行を尊び、悪行を忌避するのだろう。
残念ながら僕はあの世なんていう不確かなものは信じていない。
だから僕の意識があるのは、僕が助かったという事実のみ。
どうやら僕はあの後直ぐに救出されたようだ。川で溺れてないのだからそうとしか言いようがない。
となると今は病院の治療室か? 思ったより怪我は無かったのか?
僕はまだ学生で未成年だから、交通事故に遭ったとなると病院の人か警察の人が親に連絡しているかもしれない。
負傷してる身であんな親に会いたくない。早く起きて大したことないと証明しなきゃ、と僕はズキズキと痛む身体に鞭打って身体を起こそうとする。
痛むものの起きられないことはない。僕はゆっくりと閉じた瞼を開けて、傍で控えているであろう医者か看護師の姿を視認しようと試みる、が。
「ーーーーーえっ! なんだここは?」
目を開けてみてまず視界に飛び込んできたのは病室ではなく、RPGゲームでよく見る宿屋の一室にそっくりな粗末な造りの部屋であった。
質素な調度品に、粗末な造りの家具の数々。
よくよく見れば自分が寝かされているのも病院に置かれている電動ベットでなくて、丸太を削って作られたこれまた簡素なベットであった。
マットレスもなにも無いので、身体が痛くて仕方がない。とてもじゃないけど怪我人が寝るようなベットじゃないのは確かだ。
どこなんだ、ここは。
僕は何だかんだ嫌な予感がして、足取りが覚束ないまま部屋の隅に設けられた円形の窓へと向かう。
見たくはない。
けど現状を把握するためには見なくてはいけない。
相反する気持ちを制御しながら、僕はようやく窓へとたどり着いた。身体を預けるようにして外の様子を窺うべく身を乗り出した。
窓越しに映った景色を見た瞬間、僕は愕然としてほぼ無意識にヨタヨタと後退りした。
日本の景色じゃない。
窓に映った景色、それはまるでゲームや映画の世界で見た中世ヨーロッパそっくりな、簡単に言えばファンタジー世界そのものの街並みが眼下に広がっていた。
衝撃が全身を駆け巡る。
嘘だ。
僕は日本で目覚めたかった。
神さまは残酷だ。どこまで僕を追い詰めるのか。
僕、僕はーーーーーーー、
異世界転生なんて望んでいない。
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