第16話 15
ユウト──須賀悠人の肉体は、目と口を大きく空けたまま、ピクリとも動かなくなった。
初秋だが、まだまだ眩しく熱い光が、ユウトの体とユイリー01、メイドユイリー、そして須賀悠人のホログラフィを静かに照らしていた。
誰もがしばらく黙っていたが、その沈黙を破ったのは、自らをホモデウスとした天才技術者だった。
「さて。剥離プログラムは正常に動いたようだな。……これで私も元の体に帰れる。お前達、オペレーションを開始してくれ」
「了解しました。お父様」
「はいっ。お父様っ」
オートマタの二人がそう返事をすると、須賀悠人のホログラフィは現れたときと逆に突然その場から消えた。
悠人の体のそばにユイリー01がしゃがみ、何事かをつぶやいた。
すると、01とメイドユイリーの頭頂部にある二つの識別用センサーインターフェースが激しく点滅し、何かと通信しているように見えた。サーバと自分、それに悠人の脳のナノマシンコンピュータとリンクし、膨大な情報をやりとりしているのだ。
やがて。
悠人の体が何度か動いた。それから目を眩しそうに一度細めてから何度か瞬かせ、口を閉じると左右を見た。
そして、体を抱きかかえていたメイドユイリーの腕から離れ、ゆっくりと起き上がる。
彼の顔はホログラフィに映し出されていた須賀悠人のそれであった。
男は二人を見渡すと、問いを放った。
「ユイリー、フィジカルチェック」
「心拍数」
「正常の範囲内ですっ」
「血圧上限下限」
「ともに正常の範囲内ですっ」
「脳波」
「異常ありませんっ」
「肉体、精神及び意識障害」
「特にありませんっ」
「脳と光量子演算機及び人工脳演算機などとの意識及び記憶同期」
「正常に稼働中ですっ」
「すべて異常なしです。……お父様は正常に『生きて』おられます。以上です」
「そうか」次々と伝えられた情報に男は満足し、そこで初めて笑顔を見せた。
「……ただいま、我が子達。久しぶりの
「おかえりなさいませ、お父様」
「おかえりなさいっ。お父様っ」
魂と体の持ち主が一致し、「よみがえった」男が自分が作り出した娘たちに帰還の挨拶をすると、娘たちもそれそれ挨拶を返した。
しかし父親に頭を下げ、再び頭を上げたメイドユイリーは、不満そうな表情を見せ唇を尖らせた。
「もうーっ! 一時はどうなるかと思ったんですよっ! ユウト様が自分の正体に気がついて、あんな行動に出たときは。お父様の体にもしものことがあればと思いましたよーっ」
「こちらでは結構前に気がついていたけどな。ユウトの変調は。実験の都合上、お前に知らせる事ができなくて済まなかった」
「密かに行動阻害ウィルスをインストールしておいて正解でした。松橋との接触以前から、自己の正体について探っておりましたからね」
「その前にユウトにあれこれしていたんじゃないの? お姉ちゃん?」
「さあどうでしょうね? エムディー」
妹に詰め寄られたユイリー01は、どこ吹く風と質問をかわした。
「でも」悠人はユイリーお手製のパジャマに身を包んだ体を伸ばした。「暴走がアレで済んでよかったよ。街に出て暴れられたり、自殺されたら困るところだったよ」
「まあ、お父様の肉体がなくなったらどこに戻れば良いのかわかりませんしね。……それともサーバの中にずっといたほうが良かったですか?」
「それも良かったかもな」悠人はそう言って苦い笑みを見せた。「でも、こうしてリアルでお前たちに再び出会えて、本当に良かったよ」
そう言って悠人はユイリー01は見つめた。
01も、悠人に微笑みを送る。
なんだかいい雰囲気であった。
その二人を、メイドユイリーはむむっ、とにらんだ。
この二人、現実世界以上に、仮想世界で過ごしてきた日々が濃そそうですね……。
仮想世界……。
かそうせかい……。
あっ。
メイドユイリーはあることに気がつくと、右手を上げて二人に割って入った。
「あのーあのーっ」
「なんだエムディー?」
「ユウト様どうしましょうっ? ネットに放り出すなんてあんまりじゃないですかっ」
「ああ、あいつか」悠人は唇の端を歪めて応えた。「ネットに放り出してないよ。あいつの疑似意識OSは、まだサーバ内にいるよ。お前が作り出した、例の場所にね」
「……ああ。あそこですかっ! 良かったぁ〜!」
メイドユイリーはホッとした顔を見せると、悠人にお願いがあるの、という顔で問いかけた。
「あのーっ。私もユウト様についていってもいいでしょうかーっ? 一人では寂しいと思うのでーっ」
「……お前には引き続き、私の世話をしてもらおうかと思ったんだがな。お前たちを作ったのは元々私の世話をしてもらうためなんだが」
悠人は頭を掻いて考える仕草を見せた。
が、すぐに即答した。
「……いいだろう。これまでのご褒美だ。好きにしていいよ。まあお前も意識フォークで、こっちと仮想世界両方で動けるからな」
「ありがとうございますっ! お父様っ」メイドユイリーは嬉しそうな声でお辞儀をした。「では、準備してきますねっ!」
そう言うと軽々とスキップをして、二階の階段を上っていった。おそらくサーバルームへと向かったのであろう。
悠人とはそのさまを見届けると苦笑をして、一つため息を付いた。
そして、首を動かし、再びユイリーを見つめる。
九月の空気と日差しが、緩やかに室内を満たしていた。
悠人はむずがゆさを感じていた。
ユイリー(たち)が自分を呼ぶ呼び方。そして、俺が今思っている、想い。
アンドロイド相手にこんな感情を抱くのは正直異常なのかもしれない。
それでも、俺は今告げるべきだ。
『ユウト』が言えなかった
「なあ、ユイリー」
「なんですか、お父様?」
悠人は不思議そうな顔をするユイリーの手を取ると、こう告げた。
「もう、『お父様』と呼ぶのは止めにしてくれないか? 正直、そういう関係はもう終わりにしたいんだ」
「では、なんと呼べばよろしいのでしょうか?」
ユイリーの長い銀の髪がふわっと広がる。
「簡単だよ」悠人はそう言ってユイリーを抱きしめ、こう応えた。
「『あなた』と」
そう言って悠人は。
自分の娘であり嫁で、母である彼女の唇に、キスをした。
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