第13話 12


 その日の夜。

 僕は二階の寝室で寝ていたけれども、「寝ている」ユイリーを起こさないように静かに起き上がった。

 体がスッキリとして、気持ちよかった。

 その気持ちよさを包むようにユイリーお手製のパジャマを着ると、そっと床に降り立った。

 ベッドを離れる前に、一度振り返る。っそいて、ユイリーの寝顔を見た。

 かわいいなあ。ユイリー。こうしてみると人間にしか見えない。

 でも……。

 僕は前を向くと、スリッパを履かずに静かに部屋を出た。

 向かうは、一階のリビングだ。

 向かう途中で、オートマタのサーバなどが置いてある部屋をちらりと見る。

 ユイリーの子機がメンテナンスベッドで立ったまま眠っていた。

 よし。誰も「起きて」いない。

 僕は忍び足で一階へ向かった。

 これからやることは、ユイリーには知られたくない。

 だからユイリーのシステムをスリープモードにしてネットワークを切ったし、脳内のナノマシン演算機のネットワークもユイリーから切り離した。

 ユイリーに隠し事をしているのは後ろめたいが、それ以上にユイリーも隠し事をしているのだ。お互いやっていることは同じなんだ。

 そんなことを思いながら一階に降り、リビングへと向かう。

 歩くたびに、夏だと言うのにひんやりした感触が足裏から伝ってくる。

 それが今の自分にとって、確かさを持つように。

 足取りは普通に歩ける。人並みにだ。

 以前と同じようにだ。

 ……以前、か。

 僕にその「以前」はあるのだろうか。

 暗闇の中、外から街の明かりが差し込んでくる。

 その明かりを頼りに、リビングのいつものソファに座る。

 ホームシステムが「明かりをつけますか?」と訊いてきたけれども、いや、大丈夫。と応える。

 ソファの形状記憶素材の柔らかさが、やけに現実味を帯びていた。

 僕は暗闇の中にいた。それは僕の心を表しているようだった。

 行方が見えない闇。

 いや、歩いた先の行方が闇なのかもしれない。僕にとっては。

「さて……」

 はじめるか。

 僕はそうつぶやくと、夕食前に密かに購入した使い捨ての電脳esimで電話をかけた。

 数度の呼び出し音の後、相手の電脳電話につながった。

 僕は頭の中で、探偵に頼むような口調で言った。

「もしもし? 松橋? こんな夜分に申し訳ないけど、ちょっと頼みたいことがあってさ……」


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