第6話 5
「……そうだ、そうしてほしい。よろしく頼む。ではまた連絡する。では、失礼する」
ビジネススーツ姿の男が部屋のソファに座っていた。
あの車の中の悠人を見つめていた男が、あの部屋の机の前でなにかの作業をしていた。
その時だった。
反対側の壁に位置する大きな木製の扉が開かれ、外から女性が入ってきた。
それに気がついた男は、顔を上げた。
「お前か」
「はい、私です」
あの時部屋にいた、銀の髪に蒼い目の美女だった。
女は扉を自分の手で閉じると、お辞儀をして男の元へ歩み寄ってきた。
「なんだ」
「お父様」女は男を呼んだ。「例の計画は順調に進行しております」
「こちらでも確認している。進捗度は三○%といったところだな。先程はアレが困ったことをしてくれたが。お前が抑えたんだな?」
「ええ。こちらで処置しておきました。ただ、あの処置を繰り返すと再び初期化の恐れもありますが」
「いつものように操作を行っておけばいいだろう」男は立ち上がると女に近づきそう言った。「気づかれない程度にな」
「承知いたしました」女は丁寧にお辞儀した。
体をもとに戻すと、女は笑みを見せて告げた。その笑みは親愛なるものにだけ見せる笑みだった。
「お父様の方も、試験は順調なようで。今の所障害はないとのことで」
「ああ、こっちも順調だ。何事もなくやっているよ。特に異常はない」
そう返して男は笑った。
男は女にさらに近づくと、頭を撫で、じっと見つめた。
女も男を見つめた。
それは、愛し合う男女のそれだった。
「お前の仕事ぶりは見事なものだ。ここでも、向こう側でも」
「ありがとうございます。お父様」
「その仕事を、向こう側で早く味わいたいよ」
「あせらないでください、お父様。何もかも終われば、いつでもどこでも業務に勤めさせてもらいますので」
女の可愛げのある声での励ましに男は再び微笑んだ。
「では、私はいつもの『業務』に戻ります」
「わかった。しっかり頼むよ」
そう言い交わすと女は扉の前まで歩くと、失礼いたします、とお辞儀し、部屋から出ていった。
彼女が出ていったのを確認すると、男は再び黒い椅子に座り、目の前に展開されているホログラフィックスクリーンを見つめた。
そこには。
自分の家の食堂でユイリーたちと一緒食事を取る、悠人の姿がいた。
男は、自分を見つめるようにしばらくその様子を見つめていた。
そして、一言つぶやいた。
「俺は、楽しそうだな。あいつと」
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