第4話 「転んだの」

 優乃じゃない優乃の声に寒気を覚えた俺は飛び起きて距離をとる。壁ギリギリまで。


「お、お前誰だ!?」

「なに? 見て分からないの? とうとう顔だけじゃなくて目まで悪くなった?」


 ん? あれ? いつも通りだな。これがいつも通りってのもおかしな話だけども。だけどさっきは確かに『おにいちゃん』って言ったよな? いつもは『ちょっと』とか『ねぇ』とかで、名前で呼ばれることも両親の前で、数える程しかないのに。聞き間違いか。


「そういうわけじゃ……いや、なんでもない。俺の気のせいだったみたいだ」

「そう。なら早く起きてくれない? せっかく作った朝食が冷めてしまうから」

「はいはい……ってちょっと待て。今日土曜日だぞ。休みなのになんでこんな早く起きなきゃならないんだ?」


 目覚まし時計を見ると現在6時15分。普段は6時半に起きるからその時間より早い。


「ちょっと買い物に付き合って欲しいの。本当は一緒に買い物なんて嫌だけどちょっと欲しい物の中に重い物もあってしょうがなくお願いしてるんだから勘違いしないように」


 そんな早口で言わなくてもわかるっての。勘違いってなんのだよ。あ、あれか。買い物行くからって仲が良い兄妹なんかじゃないってことか。別に今更なんだけどなぁ……。あ〜行きたくない。そうだ。


「なら母さんに車出してもらえばいいだろ? 夜勤明けだから今日は休みの筈だし」

「無理よ。早希さんには用事を入れてもらったから」


 優乃が言う早希さん──高城早希たかぎさきが俺の母親。ちなみに優乃の父親が達也たつやさんだ。


「ん? 用事を?」

「そんなこと言ってないわ。ほら、早く下に行って。その布団を干さなきゃいけないんだから」

「いやいいよ。自分で干すから」

「どうせ適当に干して終わりだからダメ」

「ぬぅ……」


 何も言い返せないのが辛い。


「早く行って」


 ま、干してくれるんならそれはそれでいいか。楽だし。


「わかったよ。んじゃ、頼むわ」

「食べ終わった食器は自分で洗って。休みだなんだから」

「あーいよ」


 適当に返事をしてパジャマのままで部屋を出る。


「とりあえず先に顔洗うか……っと、スマホ忘れたや」


 踏み出した足をもう一度部屋に向けてドアを開けた。


「なぁ、ベッドに俺のスマホ────おい、なにしてんだ」


 何故か優乃が俺のベッドの中に入っている。しかもうつ伏せで枕に顔を埋めながら。どゆこと? 返事もないし。


「なぁ、なにしてん──」

「転んだの」

「転んでなんで布団の中に入るんだ?」

「布団を持ったところで転んでちょうど上から布団が降ってきたからそれを避けようとしたらそこに枕があっただけで他に何も意味はないわ」

「そうか」

「そうよ」

「そうなのか」

「だから早く出ていって」

「俺の部屋なんだが?」

「そうね。で? 私は早くこの臭い布団を干したいの。あー本当に臭い。だけど今スカートがめくれているからここから出れないの。だから早く出ていって。臭い臭い」

「…………はい」


 俺は自分でも肩が落ちるのを自覚しながら返事をして部屋から出る。


「そんなに臭い臭い言わなくてもいいのに……」


 そう呟き、部屋から聞こえるバタバタ音を聞きながら階段を降りた。




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