教団から奪い返せ!~木星寮活動記~
荷川 らい
第1話 木星寮概要
(※この話は寮の設定事項です。読み飛ばしても大丈夫です)
国立大学法人である谷影大学には附属自治寮として2つの寮が存在している。女子寮である金星寮と男子寮である木星寮だ。名前は宇宙だが、ちゃんとここは日本だ。
木星寮には寮生が約80人住んでおり、彼らは入寮審査の時に両親の年収や高校時代の成績や素行などを審査されてようやく入寮を許可される。基本的には両親の年収が高い学生はこの寮に入ることが出来ない。
それは学生寮の性質からしてお金に余裕がない家庭を優先的に入寮させ、大学生活上の金銭的格差を是正する為というのが一つ。そして大学施設に住まわせるのだからある程度の成績と素行の良さも審査されるが、これで落とされる人間はほぼいないであろう。
国立大学の中でも偏差値がそう高くないとはいえ、腐っても国立大学である。高校時代の成績は悪くなく、成績が悪くない人間は大体素行も良い。なのでほぼ親の年収が低い順から入寮させられると言っても過言ではない。
その基準で選んでいると貧しい生活者たちの寄り合いになるように思われるが、大抵の場合中流家庭と呼べるような家庭で育った人が多い。国立大学に入学させるために塾や予備校へお金を出せる程度の経済的余裕がある場合がほとんどだからだ。
他の全国の寮の事情は知らないが木星寮に関して言えば卒業後も交友関係が続くことが多い。似たような学力、似たような家計、同じ大学を目指すという似たような性格的性向、そして一年の365日中帰省や外泊以外は一緒の建物で過ごす。これが奇妙な友情を作り出す。
友情は友情なのだが、年の近い従兄弟のような家族とも友だちとも言えないようなそういった友情を作り出す。
木星寮は大学キャンパス正門から徒歩10分ほどの場所に建っている。3つの棟で構成されている。アルファ棟、ベータ棟、本部棟の3つの建物だ。
アルファ棟とベータ棟は居住棟であり、一階の玄関で靴を脱いで内部はスリッパで移動する。3階建てであり、1階につき14部屋がずらっと横一列に配置されている。棟の真中付近に玄関と踊り場付きの階段があり、それで階を行き来している。エレベーターは無い。
アルファ棟とベータ棟はそれぞれ同じ方角を向くように直線的に建っている。そしてそのアルファ棟とベータ棟に挟まれる様に本部棟が建っている。
各居住スペースは狭く壁はさほど厚くない。騒げばすぐに分かる。
台所、風呂、トイレ、洗濯機は共同だ。台所は各階に2箇所あり、トイレと洗濯機は階段付近に一つずつある。冷蔵庫と電子レンジとトースターも共同の物が台所にそれぞれ置いてある。だが冷蔵庫は自室に置いてある人間が多い。冷蔵庫という食料貯蔵庫を共同にするのがイヤだと思う人間が多いのだ。
風呂は本部棟、寮内では単純に本部と呼ばれる場所に10人ほどが一度に入れる大風呂施設がある。
この本部は大学職員である寮母さんの事務所があり、木星寮運営委員会の事務所があり、寮生全ての郵便物や宅配物が集まるところであり、風呂があり、一晩中騒いでいても怒られることがない共同部屋がある。この本部の外観はただの一軒家だ。アルファ棟とベータ棟のコンクリート製の汚いボロアパートの間に一軒家が建っているように見える。1階部分に各事務所と風呂があり、2階部分に共同部屋がある。共同部屋にはテレビと様々な種類のゲームハードとソフトがあり、麻雀卓があり、漫画がずらりとならんだ本棚があり、調律が全くされていないアップライト式のピアノが置いてある。
ここの部屋で真面目な新寮生たちは初めて酒を飲み、初めて酒でゲロを吐き、その後冷やした頭で初めて麻雀を覚える。入寮一日目にして親元を離れて不真面目な不良になる寮生がほとんどだ。
こうした未成年飲酒が当たり前のように行われているものの、絶対に飲酒を強制させてはならないという不文律が2年生以上には徹底されている。それでも勝手に無理して飲んで床と他人のズボンをゲロまみれにする1年生は後を絶たない。だがこうして他者への優しさが、この場合はゲロを下半身に吐かれても許してあげるという優しさや、ゲロを吐きつけることへの罪悪感が身につくのである。
こういった雰囲気の中でやっている寮なので横の関係は大体仲が良く、上下関係はゆるい。
喧嘩が起きることはたまにはあるが大体は短期決戦で終わってしまう。それは喧嘩の間に入って止める人間が多いのと、やはり揉め事を抱えたまま寮生活をすることのデメリットを考えて、和解するか停戦するかのどちらかになる。
個人間でなぁなぁで終わる時は大した喧嘩ではないが、寮生に対する明確な敵対的行動や、傲慢な振る舞いなどをする寮生に対してはほぼ全寮生が敵に回る。自分たちの生活を脅かすような寮生や、いじめを行っている寮生に対しては、非常に強い社会的制裁が下される。
制裁は木星寮運営委員会とは独立の非常設組織かつ非公開である裁判委員会が開かれ、聞き込み調査と寮則に照らし合わせて罰当番や罰金の支払いを命じられる。その上寮内掲示板に「何号室の誰々がこういう事をして、罰としてこういうことを科せられた」と張り出される。
それでも駄目な場合は再度の聞き込みが行われ、大学の学務部やその学生の担当教授や、場合によっては内定先の企業に
「私はこういった事をこの人にされました。 氏名 何号室 捺印」
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「上記の事柄を我々は確かに聞き取りを行いました。 運営委員長氏名 何号室 捺印 裁判委員長 何号室 捺印」
といった書式で運営委員長と裁判委員長の連名の元に書き、「ご指導を強く要請するものであります」と〆られた文書が提出されることになる。
正直言ってここまでされることはかなり稀であるが、10年に1度くらいはこういった事が起こるようだ。しかしこうした自浄作用が働いているおかげで傲慢な権力者のような人間がのさばる事を防いでいるのは間違いない。権力というのは従う人間や従わせるシステムがあるから権力と呼べるのであって、味方が自分一人しかいない状況下では権力も何もない。
いつからかは分からないが、ここでは様々な人間が様々な事をやった結果、真面目だった高校生を入力すると不真面目な大学生を出力する一種の社会的関数としての機能を果たす様になった。にも関わらず留年率や退学率は低い。それは代々受け継がれているテストの問題集や授業用ノートが本棚に充実しているお陰だ。
この先生は毎回こういう形式で問題を出すだの、あの先生の第何回の授業はこのノートに書いてあるだの、不真面目でも学校の試験をパスする為のツールがあるのだ。そしてこれは寮生しか使用できない取り決めになっている。この夢のような本棚のことを神様文庫と呼ぶ人間もいる。
新規入寮者の諸君にはこの寮がどんな雰囲気の寮なのか大体わかっていただけたと思う。
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