第3話 タンジー
サラがすくんでいると、ナミマが肩を抱いて言った。
「仕方ないんだよ。食べていくためさ……他にどうしろって言うんだい?」
ナミマは諭すように言った。金が無いという事はこんなにも悲惨なものか。金と引き換えに、金持ちに少女としての尊厳さえ明け渡すのか。サラは泣き出しそうだったがグッと堪えた。せめてタンジーの前で涙を見せない事が、彼女のプライドを守る事の様に思われたからだ。
タンジーと寝室へ入ったサラは大人しくベッドへ横になった。暴れたところでどうにもなるまい。全ては金の為だ。心までタンジーに奪われるわけでは無い……。
「まあ、そう緊張せんでも良い。まあ、生娘じゃ仕方あるまいが……最初は痛むかも知らんが、すぐに慣れるからな」
タンジーはそう言って服を脱いだ。お世辞にも美しいとは言い難いタンジーの裸を見て、サラは身震いした。タンジーは手早くサラの服を脱がせると、あれこれ前技を施した。だが、サラにとっては気持ち良いどころの話では無かった。
「よし、もう良いだろう」
そう言ってタンジーはサラの処女を奪った。鈍い痛みが走る。事が終わるまで、サラはひたすら頭にイルカの姿を思い浮かべた。
終わるとタンジーは優しくサラの身体を拭き、
「まあ、お前さんにとっては苦痛だったかも知らんが、私としてはそれなりに楽しませてもらったよ。これは料金とは別にお前さんにやる」
そう言って幾ばくかの金を渡した。それからタンジーはナミマのところへ行き、何か話して出ていった。
タンジーが家を出ていったのを確認して、サラはベッドへ突っ伏したまま泣いた。体の痛みはどうでも良かった。これでサラの純真なイルカへの思いが汚されてしまった。そう思うと涙は止めどなく流れてきて、枕を濡らした。この日を境に、サラは笑うことは無くなった。
一度崩れた倫理観はもう元へは戻らなかった。ナミマは次の日から、次々に客となる男を探しだしては家へ連れてきた。男達は皆粗野な田舎者で、若いサラを気遣う素振りも見せず、金をナミマに渡すと、ただ自分の欲望を満たして帰って行く。唯一の例外はタンジーで、彼は出来るだけサラを優しく扱い、時には自分の身の上話を話して聞かせるのだった。
タンジーの話すところによれば、彼はここから少し離れた街で宝石商を営んでおり、高品質の宝石の莫大な売り上げで優雅に暮らしているのだった。だが残念ながらその外見のせいで ――タンジーはお世辞にも美しいとは言えない――中々結婚は出来なかったという。それで時々、こんなふうにして女を買うのだ、と話してくれた。タンジーは若いサラの体に夢中になった。街の裕福な紳士らしく、ガツガツした姿は見せなかったが、月に二度はサラの元を訪れて、その瑞々しい体を堪能するのだった。
サラは次第にタンジーに対して優越感を抱くようになっていった。自分は別にタンジーを求めてはいない。求めて金を払っているのは向こうである。いわば、タンジーはサラの美しい体の奴隷なのだ。そう思うと、サラの心は少し軽くなった。だが、それでも好きでもない男達の欲望の相手をし続けるというのはしんどい事である。サラは出来るだけ心を閉ざして、ただ機械の様に日々の激務をこなした。
そんな毎日が数年続いた。サラの心はもう何を見てもほとんど動かなかった。今日も男の相手をして、ナミマの言い付け通り市場へ肉を買いに行くのだ――オアシスの畔に座り込んだサラはここまで回想して、現実へ戻った。きっと、私の一生はこんなふうにして終わるのだろう。イルカはもはやどうなったのか知る由も無いし、一度娼婦へ身を落とした女を引き受けてくれる男はそうそう居るものでは無い。
サラは立ち上がると市場へ向かった。市場には畑で採れたばかりの新鮮な野菜や、肉を取り扱った店が、所狭しと並んでいる。村人達が大声で値段の交渉を交わす、その活気ある様は、今の枯れ果てたサラとは対照的だ。サラは肉屋の前まで行くと、羊肉を選んだ。
「すみません、これはお幾ら?」
頭程の肉の塊を指差して店主に訊ねる。
「ああ、サラかい。そうだね、これは五百ペタだね」
サラは持ってきたコインを見つめた。買えない事は無いが……
「ちょっと高いわ。少し負けれないかしら?」
「四百五十! これ以上は無理だよ」
「良いわ。これを貰うわ」
「毎度!」
店主は愛想良くそう言うと、肉をヤシの葉で包んでサラに渡した。
無事に肉を手に入れて帰宅したサラを、玄関前でナミマが出迎えた。いつも冷静なナミマが、珍しく興奮している。
「……何かあったの?」
「ああ、サラ。大変だよ、今、タンジーさんが来ていてね」
サラの両腕に手を置いて、ナミマは荒い息をした。
「今から相手をする訳?」
サラは溜め息をついた。
「そうじゃ無いんだよ、タンジーさんが、お前を嫁に欲しいって」
「嫁?」
「結婚の申し込みに来たのさ!」
ナミマは叫ぶと、サラを抱き締めた。
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