かゆい男【オチまで4分】
自然豊かな惑星に着陸する一隻の宇宙船。円盤の底が開いて、ゆっくりと階段が地面に降りてくる。中から出てきたのはふたりの男だった。宇宙服の透明なヘルメットの中には、背の高いほうは脳天で一つ括りにした黄色い髪が、背の低いほうはマッシュルームカットにした真っ赤な髪が覗いていた。
赤い髪の男は腕についた計測器の針を確認した。
「酸素濃度は正常だ」
ふたりは宇宙服のヘルメットを外した。
「ここは随分と植物が多い星だな。これは食糧に期待できるかもしれないぞ。幸運だったな、アプル」
黄色の髪の男は嬉しそうに階段から地上に降り立った。
「パイン。そう早合点するのは良くないぞ。危険な動物がいるかもしれない」
赤髪の男は身長に地面に足を下ろす。
「そういうなよ。せっかく久々にまともな惑星に辿り着けたんだから」
「まあな」
アプルはパインとともにその緑の惑星を探索した。南国のような気温に、育っている植物も花や実が多い。
「ラッキーだな。これだけ大量の果実を得られるなんて」
パインはプラスチック製の軽いカゴに赤・紫・黄、さまざまな色のフルーツを入れて、満面の笑みでいった。
「たくさん取れたのはいいけど……」アプルは不安そうにカゴの中を見つめる。
「これ、一個食べてみないか?」パインは提案した。
「いやいや、まずはドックに帰って分析にかけてからだろ。チームαのベリーなんかはな、惑星D-582で変な果物食べたせいで、我慢できないほど胃が痛くなったって噂で聞いたぞ」
「えー? でも俺、もう喉からからだぜ。やばかったらすぐ吐き出すから、食ってみることにするよ!」
「お、おい!」
パインは紫の果実を一つ取ると、軽快に口に入れた。
「おー、こりゃうまい! アプルも食ってみろって!」
「俺はちゃんと分析に出してからにしておくよ。保存食もまだあるしな」
アプルとパインはそれから大量の果実を運ぶべく、自分たちの宇宙船を目指した。
しかしその途中、パインは苦しそうな顔をし始めた。アプルはやっぱり果実に毒があったのかと、パインを心配して訊ねた。
「どうした! 苦しいのか? 消化器官をやられたか?」
「違う。かゆいんだ。かゆくてかゆくて仕方ないんだ。かゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆい」パインは気が狂ったようにその言葉を繰り返した。
「毒じゃないとしたら、虫にでも噛まれたのか? 確か向こうに泉があったはずだ! 体を洗いに行こう!」
アプルは道中発見していた泉にパインを無理やり連れて行くと、服を脱がせて皮膚を露出させた。肌はなんともなっていなかった。それでもかゆいと連呼するパインの体にアプルは水をかけ、洗ってやった。
しかし、パインの言葉は止まない。
「かゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆい」
「俺はなんともなっていないし、違いといったらやっぱりさっきの果物しか考えられない。皮膚に異常が出るタイプの毒が含まれていたんだろうな」
アプルはひたすらにかゆいと連呼するパインを連れて、なんとか宇宙船まで戻ってきた。
ふかふかの座席にパインを寝かせたが、やっぱり彼は「かゆい」といい続けた。
「一体どうしたら治るんだ。皮膚もなんともなっていないし、体を掻いてやっても気持ち良さそうにもしない。自分で体を掻きむしったりすることもない」
アプルは混乱して、般若心境のようにかゆいと唱え続ける友人を眺め続けた。
数時間経って、ようやくパインのかゆいの連呼は収まった。
「なぁ、パイン。かゆみは収まってきたか? やっぱりあの果物が悪かったんだよ。惑星D-582でなっていた毒性のある果物と似た種類だったんじゃないか?」
「違うんだ」パインは汗だくの顔でアプルに目線をやる。
「違うって、何が違うんだよ」
「俺はあの果物を食べて、体がかゆくなったわけじゃないんだ。ただ、『かゆい』という言葉を言いたくて言いたくて仕方がなくなったんだよ」
「まさか、そういうことか」アプルは宇宙船に持って帰ってきた色とりどりのフルーツの山を見つめていう。「惑星D-582の果物とここの果物は同じ効果を持っていたんだ。噂で伝わったチームαのベリーの話は、胃が痛くて我慢できなかったんじゃなくて、言いたくて我慢できなかったんだ」
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