妻の愛を勝ち取れ/21
マゼンダ色の長い髪と白いチャイナドレスのミニスカートを履いた、月命が颯茄と孔明との狭い隙間に、夫を真正面に、妻を背中にして割って入ってきた。
「彼女から手を引いてください〜。僕の番です〜」
聡明な瑠璃紺色の瞳には、あちこちから飛んでくる飛行機の線が、時計がわりで映り込む。
――十五時五十七分十七秒。あと十分四十三秒。一人、九分ずつ。だから、制限時刻の九十分前に、隠れんぼは始まった。
夫の目の前に無防備に横向きの線を作る、白のチャイナドレス。孔明の手はその裾を素早くつかんで、上に引っ張り上げた。
「えいっ!」
突如広がった衝撃的なシーン。少し遅れて妻の目が思わず見開かれた。
「えぇっ!?」
月命のミニスカートを、孔明がまくり上げたのだった。これぞまさしく、スカートめくり。妻が気になっているのだ。スーパーエロ二号も見たいのだ。
背後にいる妻からはまったく見えない。だが、瑠璃紺色の聡明な瞳には何の障害もなく見えた。それはあちこちに向けられ、陽だまりみたいな穏やかで間延びした感じで、衝撃発言をした。
「月〜、パンツ履いてないんだぁ〜」
「何っ!?」
見えなかったのではなく。元々そこになかったのか。確かにそうだ。あの腰上のスリットからも、下着の線はどこにもなかった。そうなると、ノーパンでずっと隠れんぼをしていたことになる。この小学校教諭は。妻としては子供の教育上、注意しなければいけない。
いや、ぜひとも見たい――
ここは自宅であって、子供は今はいないのであって、ただの男で夫だ。妻は全然オッケーである。いやむしろ歓迎だ。
妻はめくり上げられているスカートの前へ行こうと、屋根の上に両手をつき、のぞき込もうとした。
「気になる……」
あの女性的でありながら男性であるを持つ夫。それが普通の時はどんな形になっているのかと、単純に興味がそそられるのである。
スリットが開ききっている横を通り過ぎ、あと一歩でというところで、月命が孔明の手からスカートを引き抜いて、元へ戻した。
「うふふふっ。孔明も冗談が過ぎますね〜」
「っ!」
颯茄はギクリと動きを止めた。
怒らせてしまった。この邪悪なヴァイオレットの瞳を持つ男を。血祭りに上げられる、帝国一の大先生も。だが、そんなことは計算のうち、孔明は春風みたいに微笑んで、悪戯坊主のように言う。
「ふふっ。なーんちゃって! ちゃんとパンツ履いてる」
スカートはめくられてもいいのだ、月命は。愛する夫なのだから。ドMとしては、ぜひめくられたいのだ。
問題はそこではなく、孔明が事実を歪めていることに、月命は怒っているのだ。
「ん?」
頭の回転が早すぎてついてゆけない颯茄は戸惑い顔をした。その前で、孔明の手が月命の曲線美を描くセクシーな足を伝って、スカートの中に入っていった。
「レースのパンツだぁ〜」
「何っ!?」
レースのパンツ。妻もそんなものは履いていない。立っている夫、座っている妻。もう少し近づけば、スカートの中は見えるのである。
チラ見せ効果があるレースのパンツに包まれた、女性的な男性のモノ。両性具有満載だろう。ファンタジーが現実だろう。それはぜひとも、この機会に見せていただきたい、妻である。
夫がまくったのだ。妻だってまくっていいはずである。颯茄はそうっと、手を伸ばす。白いチャイナドレスのミニスカートへと。いざ、官能世界へと。
だが、結婚指輪と女物のブレスレットをした手でギュッとつかまれ、阻止された。
「おや〜? おいたはいけませんよ〜」
「っ!」
颯茄はこんな煩悩は今日限りで捨てようと、心に決めたのだった。妻の手は、女装夫に強く握られたまま、孔明が話してきた。
「ふふっ。玄関ロビーでいいの〜?」
元の場所だから戻るのではなく、そこでないといけないのだ。頭のいい同士で、妻を置き去りにして、話が進んでゆく。
「孔明もさすがですね〜」
「焉貴と光も、最初からわかってたんじゃないかなぁ〜?」
「僕の想定内ですから、彼らはいいんです〜」
月命が答えると、白と黒のモード系ファッションはすうっと屋根の上から消え去った。
策士二人に、わざと抜かされた言葉たち。妻に多大なる被害を生み出していた。
「玄関ロビー? ん? どこかに宿泊ですか?」
それには答えず、月命は疑問形を重ねる。
「それでは、僕と一緒に行きましょうか?」
鬼は隠れなくていいのである。一手間省けているという、月命の策だった。
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