No.15:「変人なんかじゃない」


「でも彼氏がいたら、勘違いされると困るんじゃないのか?」


「か、彼氏なんかいないよ!」


「そんなに強く否定しなくてもな」

 俺は笑って言った。


「でも男子からよく告白を受けてるって聞いたぞ?」


「え? あー、うん。よくって程でもないんだけど……」

 桜庭は寂しそうに笑った。


「いったい私なんかの、どこがいいのかなぁ」


「そりゃあ……桜庭、自分が可愛いっていう自覚はないのか?」


「ええっ? ど、どうなんだろ……」

 今度は顔が真っ赤だ。忙しいな。


「でもそれって、結局見た目でしょ? 別に本当に私のことを分かってくれてるわけじゃないっていうか……」

 桜庭は伏し目がちに呟いた。


「まあ高校生の恋愛なんて、そんなもんじゃないのか? まあ俺は全く経験ないからわからないけど」


「え、そうなの?」


「こんな変人に、彼女とかできるわけがないだろう」


「私も……今まで、男の子と付き合ったことなんてないよ」


「それもまた……意外だな」


「中学の時なんて……私、本当に目立たなかったもん」


「そうなのか? だったらきっと本当に努力したんだな」


「え?」桜庭は突然立ち止まる。驚いた目で、俺を見上げた。


「どうした?」


「えっと……どうしてそう思ったのかな、って……」鳶色の瞳が、俺を見つめる。


「ん? いや、単なる論理的推論なんだが……」

 俺は続けた。


「今の桜庭は、俺とは違ってしっかり空気が読めて男女問わず人気があるし、思いやりがあって優しい。それでいて驕ることなく慎み深いところもある。ルックス・スタイルだっていい。目立たないという言葉の対局にある存在だ」

 俺は前を見ながら、ゆっくりと歩き始めた。


「そんな桜庭がもし中学の時は目立たない存在で、もし男子からも女子からもそれほど人気もなく、ルックスやスタイルだっていまひとつだった、としたら」

 俺は再び彼女の顔を見る。


「桜庭はそんな自分が嫌で、変えたくて、今のような自分を目指して、必死に努力したんじゃないかって。もしそうだとしたら」

 桜庭の瞳に膜が張って、ゆらゆらと揺れ始めた。


「俺は本当にすごいと思う。なかなかできることじゃない。努力は嘘をつかない、ということなんだろうな」


 瞳に目一杯水をたたえて表面張力が限界になったところで、桜庭はフッと顔を前に向けた。足取りが少し早くなった。

 傘を持って俺も慌ててついていく。

 駅までの桜庭はうつむき加減で、時折スンッと鼻をすすりながら言葉少なだった。

 俺もあまり話をしなかった。

 なんとなく、その方がいいと思ったからだ。


 駅に着いて改札を抜け、俺たちはホームへの階段を降りる。

 聞いてみると桜庭は俺と帰る方向が同じで、降りる駅も一つ手前らしい。

 ご近所さんかと思ったが、俺の家は線路の北側で彼女は南側だから、歩くと30分ぐらいかかるみたいだ。


 電車は空いていたので、隣同士に座った。

 こんなに落ち着かない下校時間というのは初めてだ。

 時折風が吹くと、美少女の髪がふわりと俺の頬をかすめる。

 やだ何これ、めっちゃいい匂いする……。


 俺たちは来週からのテストの話をした。

 あの問題出るかなとか、簡単だといいなとか、たわいもない会話に終始した。

 流行りの歌やドラマの話だと俺が分からないから、桜庭は気を使ってくれたのかもしれない。


 桜庭が降りる駅に着くころには、ラッキーなことに雨は止んでいた。

 天気予報どうした?


 念のため俺は桜庭に傘を持って行くように勧めたが、

「駅から近いし、また降り始めても走れば大丈夫だから」

 と固辞された。


 駅に着くと、桜庭は

「じゃあまた月曜日ね」

 と言って立ち上がり、俺の方に振り向きざまに笑顔でこう言った。


「大山君って、やっぱり私が思ってた通りだったよ」


「? 何がだ?」


「内緒!」


 桜庭は開いた扉から電車を降りると、こちらに振り返って「バイバイ」と胸元で小さく片手を振った。

 俺は「おう」と無骨に片手をあげる。


 閉じた扉の向こうで呟いた桜庭の言葉は、もちろん俺には聞こえない。


「変人なんかじゃない……人の気持ちがわかる優しい人だよ」

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