No.14:「ここに傘が一本ある」


 金曜日の放課後。来週月曜日から中間テストだというのに、俺は担任の先生から、職員室に呼び出された。


 俺の場合、こういった事がたまにある。

 入学試験から始まって全てのテストでトップを維持している俺は、教師陣の間である意味、悪目立ちしている。


 なのでたまにこうして呼び出され、「調子はどうだ」「前回の模試の結果は……」といった、たわいもない話をするのが恒例となっている。

 進学率の問題もあるので、成績上位の生徒の状態をウォッチしておきたいんだろう。


 時間の無駄なんだけどな……独りごちながら、俺は職員室を後にする。

 家に帰ろうと昇降口で靴を履き替えたところで、一人の女子生徒を目にする。


 つやつやセミロングの黒髪、透き通るような白い肌。

 桜庭だ。

 美少女は、どんなところでも絵になるな。


「桜庭、どうした?」


「あ、大山くん」

 にっこり笑って、こちらへ近づいてくる。


「朝、天気予報を見てなくって……傘持って来なかったの」


 外を見るとさっきまで晴れていたのに、いつのまにか雨が降り始めていた。


「まだ降り始めたばっかりだな」


「そうなの。でも天気予報によると、これから夜にかけてだんだん強くなるみたい」


「そうか」


 ということは雨が止むまで待つ、という選択肢はなさそうだ。


「桜庭、よかったな。ラッキーだぞ」


「?」


「ここに傘が一本ある」


 俺がカバンから折り畳み傘を取り出してそう言うと、桜庭は「え?」と小さく声をあげて、顔をややピンク色の紅潮させる。


 急にモジモジしたかと思えば、前髪を触ったり……ちょっと落ち着きがない。

 どうしたんだ?


「桜庭」


「うん……」

 顔はうつむいたままだ。耳の先が少し赤い。


「これを使って帰ってくれ。俺は走って帰る」


 ワンテンポ遅れて勢いよく顔をあげた桜庭は、「はいぃぃ??」と尻上がりの声を大音量で発した。


「ど、どうした?」


「そ、そうじゃないよね? そうじゃなくって!」

 そうじゃなかったらしい。


「もう……私一人でバカみたい……」

 何か呟いているが、小さすぎて聞こえない。


「俺は大丈夫だ。まだ降り始めたばかりだし、男は濡れても平気だ」


 JKが濡れたら……濡れた桜庭を思い浮かべる。

 うーん、明らかに犯罪臭がする。


「もう……なんでそうなるかな……」

 かろうじて聞き取れた。


「大山くん、私をその傘に入れてくれない? 駅まで一緒に行こ?」


 ………………………………………………………………


「この発想はなかったぞ」


「私はこの発想しかなかったんだけど……」


 少し拗ねた桜庭の表情は、傘を持っている俺の左下30センチの距離。

 うーん、可愛い。

 雨の妖精かな?


 俺たちはリア充カップルどものイベントの一つといわれる、いわゆる相合傘というやつで学校から駅に向かっている。

 しかも相手はあの雪姫だ。


 どうしてこうなった?

 最近今までの俺では考えられないようなことが、次から次へと起こっている。

 幸い時間帯が少しずれているので、周りに同じ学校の生徒はいない。


「周りに他の生徒がいなくてよかったな」


「どうして?」


「どうしてって……『変人』と同じ傘で帰ったって、噂されるのも嫌だろ?」


「別に私は気にしないよ」


「そうなのか?」


「そうだよ。大山君だって『変人』って言われて、気にしてるの?」


「いいや、全く」


「でしょ? それと同じことだよ」


 ちょっと違う気もするが……彼女なりに気を遣ってくれたんだろうな。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る