第16話 高階層の死神(5)密約
しかし、そのナイフは振るわれる事が無かった。階下の住人の一人に教え込まれた護身術の技で、萌葱が仁志の手首を掴み、ナイフを取り落とさせたからだ。
「望月君!!」
小鳥遊が悲鳴を上げ、それで我に返った今川と有馬が動き、仁志を床に這わせて抑え込む。
「離せぇ!!」
仁志に冷たい目を向けると、萌葱は次に、輪島に渡した箱を無造作に開けた。
「ワアッ!何を!?」
萌葱と仁志以外が慌てるが、何も起こらない。
「そんな乱暴に――え?」
輪島が中を覗き込んでキョトンとした。
「あなたは嘘をついていた」
萌葱が仁志を振り返って言う。
「あなたが作った爆薬は、基盤を破壊するだけで終わった。ここには何もない。元々、ナイフでゆかりさんを殺す気だったんですよね」
仁志は、憎々し気に萌葱を睨む。
「クソガキがあ!」
「クソガキ?あなたはクソッたれだけどね」
城崎と洲本の泣き声も、いつの間にかやんでいた。
それからしばらくして、近くの階のエレベーターの扉を開けてレスキュー隊員が来て、全員がエレベーターから救出され、下に降りた。
壊されたエレベーターはこの1基だけだったので、別のエレベーターを利用できたのは幸いだ。
ほぼ最上階だったので、徒歩で降りると、高校生でも辛いだろう。
「萌葱!」
各々の家族が、飛びついて迎える。
「ケガはないな?」
「大丈夫」
女子はほぼ全員、泣いていた。
それを見ていた萌葱に、高山が近付いた。
「無事で何よりだよ」
萌葱達にとっては、仁志以上の脅威とも思える相手だ。
「思い切った行動だな。確信があったのか?」
「……赤に手を伸ばしたら、瞳孔が収縮したので」
用意していた言い訳をする。
「ふうん。
後で大事な話がある。付き合ってもらうぞ」
萌葱達は、唾を飲み込んだ。
事情を訊かれ、書類にサインをして、各々家族と一緒に帰って行く。
萌葱達3人は署を出ようとしたところで待ち構えていた高山に呼び止められた。
「ついでだ。送って行こう。覆面パトカーだ。滅多に乗れないぞ」
言って、付いて来ると確信したようにさっさと歩き出す。
それに、萌葱達も仕方なくついて行く。
「俺、どっちかと言えば消防車に乗りたいぜ」
浅葱が辛うじて軽口を叩くが、高山は肩を竦めただけだった。
まずは黙って車を出す。そして適当に走った後、人気のない道端で止まった。
「ここらでいいだろう」
それに、蘇芳がきつい目を向ける。
「話とは?」
「君、嘘をついたらわかるだろう」
予想はしていたがドキッとして、3人共、動揺を抑えようとそっと深呼吸をした。
「突飛な話ですね」
「そうでもない。注意深く観察すれば、予想がつく。
キャンプ場での一件も聞いた。まるで最初から犯人がわかっていて、そこに無理矢理持って行ったようだったじゃないか」
面白そうに言う高山に、一応反論してみた。
「川に行っていたというのが嘘だとバレたら、それで崩れて、勝手に自白したんですよ」
「今日の言い訳を聞いた方がいいか?」
萌葱は肩を竦めた。
「あんた、何が言いたいんだ」
浅葱が高山を睨みつけて言う。
「協力してもらえないかと思ってね。捜査協力だ」
「協力?」
蘇芳が眉を寄せる。
「そう。供述が嘘か本当かわかれば、こんなに便利な事はない」
「嘘をついたとわかるだけで、細かい事はわかりませんよ」
「萌葱!」
「隠せなさそうだし」
萌葱が言うと、蘇芳が溜め息をつき、浅葱は舌打ちをした。
「それがバレたら、弟は孤立する」
「何も、おおっぴらにすることはない。私の捜査に協力してくれればそれでいい。どうしてもの供述だけで、全部が全部頼むつもりもないし、配慮するとも」
それに、萌葱達はしばし考えた。
口を開いたのは、萌葱だった。
「それで、僕にメリットはありますか?」
「萌葱!?」
焦ったような声を上げたのは浅葱で、高山は、愉快そうに笑い出した。
「驚いた!メリットねえ。バイト代か?いいよ、それなりに払おう」
「いいや。それとは別のものがいい。
8年前の心中事件の再調査」
蘇芳と浅葱がピタリと動きを止め、高山はそんな兄弟を眺めてから、ニタリと笑った。
「いいだろう。詳しく聞こうか」
そして、車の中で、密約はなされた。
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