第3話 うそ(2)放火事件

 その日も保育ルームでは、子供達が健太の発言を巡って騒いでいた。

「近所で火事があって、家が燃えたんだよ。それでボク、火をつけた人、見たんだ」

 健太がそう言うと、皆が一斉に声を上げた。

「嘘だろ、また」

「火事の話は知ってるけど、あれ、夜中じゃん。何で夜中に、お前が犯人を見たんだよ」

「健太は嘘ばっかり言うからな」

 それに健太は、躍起になって言い募る。

「嘘じゃないって!起きてたんだよ!」

「もういいよ。

 行こう」

「うん。縄跳びしよう」

 園児達は健太を置いて、その場を離れて行く。

 それを保育士達は苦笑まじりに見ていた。

 凝りて嘘をやめればいいのだが、どうだろう。そう思いながら、いじめや孤立になる前にと、浅葱は健太を連れてほかの園児達の所へ行き、大縄跳びをしようと提案した。


 全ての被疑者は、弁護人を付けなければならない。それは、自分で選んで雇った私選弁護人でもいいが、ツテやお金が無い人は、国選弁護人を付ける事になる。

 弁護士は当番制で、この国選弁護を引き受ける事になっており、蘇芳が今回引き受ける事になったのは、放火の疑いで逮捕された学生だった。

「弁護士の、望月蘇芳です。森元永介もりもとえいすけさんで間違いないですね」

 蘇芳は、森元を見ながら言った。

 フラれた腹いせに相手の家に火をつけた容疑だという。

「やってねえよ」

 目付きも悪いが、ふてくされたような態度も悪い。

「では事件のあった時間、どこで何をしていたんですか」

「結局疑ってるんだろ、あんたも」

 蘇芳はにこりと笑った。

「いいえ。私は、あなたを信じる所がスタートです。あなたの主張の裏付けを取り、それに沿うように戦うのが仕事です」

 森元は言葉に詰まったようにして、蘇芳を見、そして、ぼそぼそと喋り出した。

「部屋で、寝てた。1人暮らしだし、誰も証明してくれる奴なんていねえ。くそっ」

 蘇芳は森元を安心させるように、目を見ながら言った。

「焦らずに、じっくりと思い出しましょう。電話、周囲の音。サイレンとか、隣の家の電話とか」

 森元は鼻をすすり上げながら、真剣に考え始めた。


 夕食後、兄弟はリビングでテレビを見ながら雑談をしていたが、ニュースで火事のニュースが出て、浅葱がぼやいた。

「健太には参ったぜ。今日は、放火犯を見たって言い出してさあ」

 それに、蘇芳が食いついた。

「放火?いつの、どの事件だ?」

「ん?先週だっけ。墓参りの帰りに寄ったイタリアンの店の近くの民家が、玄関に灯油をまいて火をつけられたって事件があっただろ。あれだよ」

「見たのか?犯人を。どんなやつだって?」

「近所に住む女の人らしいんだけどな。凄くいい人らしいんだよ。地域の活動にも熱心で、しっかりして、いつもきれいな奥さんらしいぜ」

 考え込む蘇芳を、浅葱も萌葱も見た。

「兄貴。もしかして、その事件担当してるのか?」

 浅葱が訊き、蘇芳は狼狽え、咳払いをして言った。

「守秘義務だ」

 違うと言えば嘘になり、それは規則やら何よりも、望月家の掟を破る事になる。


 1、ありがとう、ごめんなさい、おはよう、行って来ます、ただいま、おやすみ

   は、必ず言う。

 2、嘘をつかない。

 3、親は心中なんてしていないと信じる。


「それは、担当してると言ったも同じだね」

「だな」

 浅葱と萌葱が笑う。

 それで蘇芳は苦笑し、言った。

「まあ、そうだ。被疑者は否認してるんだが、アリバイが無い。その目撃証言が正確なら、彼は無実だ」

 それに兄弟3人はうんうんと頷くが、浅葱が嘆息して言った。

「でも、うそつきケンタだからなあ」

「ああ……」

「……」

 萌葱は考え、言った。

「僕が会いに行こうか。その時の事を聞かせてもらうだけ。別に、問題はないと思うけど」

 蘇芳は悩んだ。

 その蘇芳を抜きにして、浅葱が話を進める。

「でも、いつ?保育ルームは9時から5時半だぞ」

「放課後すぐに行けば間に合うよ」

「駅から会社までわかるか?あと、守衛さんに何て言って通してもらおうかなあ」

「大丈夫。ちょうど、社会見学の前に、いくつか職場を見学してレポートを出す事になってるから。浅葱兄の職場でレポート書くよ。

 もう一つは蘇芳兄のところでいい?」

「いいけど。ううーん」

「決まりね。僕、お風呂入って来る」

 そうして、健太に会いに行く事に決定したのだった。




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