第2話 うそ(1)うそつきケンタ
飛び込んで来た健太が浅葱たち保育士に言った言葉に、緊張が走った。
「変なおじさんがいた?」
このなかよし園は、共栄生命保険の社員のための保育園だ。園児達は皆協栄生命の社員の子で、園は社内にある。そして会社の門には守衛がいるので、よその保育園よりはセキュリティがしっかりしている筈だが、完璧ではない。
離婚した片親が子供を連れだしに、とか、不倫相手が子供を邪魔に思って、など、考えられないことはない。
「た、大変!園児を部屋から出さないようにしなくちゃ!」
「俺、様子を見に行って、必要なら守衛さんに来てもらいます!」
「お願いね、浅葱先生!」
保育士達は急いで役割分担を決め、慌ただしく動き始めた。
浅葱は社屋の中庭に面したなかよし園を出ると、辺りを見回しながら小走りで怪しい男を探し出した。
「いねえな。単に迷っただけの客か?」
来客のふりをした変質者かも知れないし、社用ついでに覗きでもする幼児愛好者だったりするかも知れないので、油断は禁物だ。
守衛にそれらしい人が来なかったか訊いてみたが、思い当たらないと言われ、それでも巡回してくれることになった。
「よろしくお願いします」
そう言って浅葱が守衛室を離れかけた時、社内電話が鳴って、それをとった年配の守衛が浅葱を呼び止めた。
「ああ、待って。望月さん。
変なおじさんの話は子供の嘘だったらしいですよ」
「はあ!?」
浅葱は思わずそう声を上げたが、巡回に出ようとしていた若い方の守衛は、憮然としたような顔をした。
「嘘ですか?あの、お騒がせしてすみませんでした」
浅葱が頭を下げるのに、年配の方はにこにこと鷹揚に笑った。
「いえいえ。子供にはある事ですよ。不審者がいなくて良かった」
「はい。あの、ありがとうございました」
浅葱はぺこりと頭を下げ、園に取って返した。
「健太ぁ」
溜め息が出た。
浅葱は溜め息をついた。
「トマト、辛かった?」
萌葱が確認する。
今日の夕食は、ごはん、豆腐と薄揚げとねぎの味噌汁、キャベツの千切りとブタの生姜焼きとブロッコリー、ひじき、トマトのナムルだ。
トマトのナムルは、トマトをくし形に切って、少量の塩とゴマ油をまぶして10分ほど置き、白ごまをふるだけの簡単料理だ。ビール、焼酎、ワインにも合う。
「いや、旨いぜ。うん。
考え事をしててなあ」
浅葱は萌葱に笑いかけ、昼間の事を話した。
「その子は
園児仲間では時々けんかにもなるけど、ほとんど大したこともないんだよ。でも、時々こういう、誰かに迷惑をかけるような事もあってな」
それに、蘇芳が言う。
「親御さんには言ったのか?」
「毎回ちゃんと連絡簿に書いてるし、口頭でも報告はするんだよ。お母さんも家で叱るらしいんだけど、効き目がないそうでさ」
浅葱が苦笑した。
「きつく叱ったら、叱られないように嘘をつくわけだな」
「そう」
萌葱はそれに気も無さそうに、
「ふうん。無視すれば?」
と言う。
「無視はまずいよ」
「じゃあ、誰か1度、とんでもなくひどい嘘でおもいしらせてやるとか」
それに蘇芳も浅葱も苦笑した。
「それは親が怒るだろ」
「親がやるならいいけどな。
親で思い出した。中庭に鴨の親子が住んでるんだけどさあ」
それで話題は変わり、健太の事は話題から外れた。
しかし、思わぬ形で、この健太と顔を合わせる事になるのだった。
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