38話:幸せになって良いんだよ
「……ごちそうさま」
「はい。お粗末さま。二人とも、ちょっと落ち着いた?」
「ええ。……ありがとう」
「……百合香さん、ごめんなさい」
「……私も、怒鳴ってしまってごめんなさい。怖かったでしょう。ごめんなさい」
「……大丈夫。びっくりしただけ……今は落ち着いてるよ」
「そう……良かった」
「……ごめんなさい。あんなこと言って」
「もういいのよ。大丈夫」
「……私、百合香さん達と出会えて、家族になれて幸せだよ。それは、本当だよ。本当なんだよ。信じて」
愛華は泣きながら訴える。分かっている。だけど、さっきの言葉が本心だったことも分かっている。
「ええ。ちゃんと伝わっているわ。……私も、愛華がさっき言ったことと同じことを考えてしまう時があるの。どうしたって、考えられずにはいられないわ。けど、だからこそ私はあなたを幸せにしたい。たくさん愛してあげたい。あなたのお母さんの分まで、たくさん。例え今の幸せが、あなたのお母さんの死の上に成り立っていたとしても、だからって、幸せになっちゃいけないわけじゃないわ。あなたのお母さんが亡くなったのは誰のせいでもないんだから」
「うん……」
「過去は変わらない。だから、今を精一杯生きるしかないの。愛してるわ。愛華」
「っ……私も……百合香さんが大好きだよ……幸せだよ……けど今はその幸せが怖いの……」
「怖がる必要はないわ。あなたにだって幸せになる権利がある。お父さんにかけられた酷い言葉を使って自分を呪っちゃ駄目よ。あなたは誰も殺していない。人殺しでも、悪魔でも無い。私達と、あなたを産んだお母さんの大切な娘。だから自分を悪く言っちゃ駄目」
「ごめんなさい……本当の家族じゃないなんて言ってごめんなさい……」
愛華を抱きしめる。海菜も愛華の隣に座って、私ごと彼女を抱きしめた。
「……海菜。ありがとう。もう仕事戻って大丈夫よ」
「ふふ。今日はもう戻らないよ。言ったろ?私がいなくても仕事はまわるって。一日くらいサボっても問題はないよ」
「……良い職場ね。本当に」
「お。転職してうち来る?私は君と一緒に働けるなら大歓迎」
今の職場は嫌いではない。残業もほとんどないホワイト企業だ。今の職場の問題なんて、ごく一部の同僚との確執くらいだ。むしろ、三宅さんや部長みたいに味方してくれる人の方が多い。今日みたいにひそひそ言われることなんてしょっちゅうだし、ムカつくが、転職を考えるほどではない。それに……
「私がいたらあなた、仕事に集中出来なくなるでしょ」
「えー?そんなこと無いと思うけど」
「私もそう思う」
「えっ。愛華まで?うそーん……」
ふふふ。と、私たちの間に挟まれた愛華がくすくすと笑う。
「海菜さん、本当に百合香さんのこと好きだね」
「好きだよ。愛している。愛華も同じくらい、愛しているよ」
「……うん。……ありがとう。お母さん」
「どっちのお母さんにお礼を言ったの?」
「……二人ともだよ。あと、私を産んでくれたお母さんにも。……お母さんが命懸けで産んでくれたから、私の今があるんだから。……だから……生まれなきゃ良かったなんて、言っちゃ駄目だよね。幸せにならなきゃ、駄目だよね」
私にしがみついて、愛華は自分に言い聞かせるように震える声で繰り返す。
「そうよ。幸せになることも、誰かから愛されることも、怖がる必要はないの。あなたには幸せになる権利がある。それを奪う権利は誰にもない」
「百合香の言う通りだよ。怖がらなくて良い。幸せで良いんだよ。愛華」
「……っ……お母さん……ありがとうお母さん……私、二人と家族になれて良かったよ……それは本当だよ……本当なんだよ……」
「いつも伝わってる。私も、あなたが娘で良かったわ」
「私もだよ。あの日、私たちと家族になりたいって言ってくれて嬉しかった。これからもよろしくね。愛華」
「うん……うん……」
「三人で、幸せになろうね」
「もう十分幸せだよ……こんな私をたくさん愛してもらって、もう、十分すぎるよ……」
「ふふ。私はまだまだ愛し足りないなぁ。こんなに素直で可愛い子だもの。きっと、君のお母さんもたくさん愛してあげたかったと思う。だから私は、彼女の分まで、たくさん君に愛情を注いであげたいんだ。だから、これからもよろしくね。愛華」
「うん……」
海菜の言葉で泣き出してしまう愛華。もらい泣きをしてしまっていると「ちなみに私、君のこともまだまだ全然愛し足りないから」と、愛華には聞こえないくらい小さな声で海菜に囁かれる。殺気にも似た強烈な色気を感じ、思わず涙が引っ込み、身震いしてしまった。
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