家族の形

三郎

一章:私の家族と友達

1話:私のお母さん達

 私は、物心ついた時にはもう施設に居た。

 母は私が生まれたと同時に亡くなったらしい。それ以来父が男手一つで育ててくれていたのだが、やがて虐待されるようになり、近所の人の通報を受けて、私は施設に預けられることになった。

 親のいない——あるいは親から虐待を受けて育った、年齢も性別も性格もバラバラな子供達が集まった施設。世間はそこに預けられた子供を可哀想だと思うらしい。けれど私は幸せだった。美味しいご飯を朝昼晩3食しっかり食べることができるし、わがまま言って叱られることはあっても殴られることはなかったし、施設の人は優しかったし、歳の近い友人達との共同生活は楽しかったし、それに——


「おはよう。海菜うみなさん、百合香ゆりかさん」


「おはよう、愛華まなか


 小学三年生の頃に、私は鈴木海菜すずきうみなさんと小桜百合香こざくらゆりかさんという婦婦ふうふに引き取られた。

 二人は苗字が違い、女性同士だが、結婚している。昔は男性と女性しか結婚出来なかったけれど、私が二人に引き取られる一年前に法律が変わった。

 二人はその時のニュースでテレビに映っていた。インタビューに対して『これから二人で婚姻届を出しに行ってきます』と嬉しそうに語っていた姿を鮮明に覚えている。

 だから二人と初めて会った日、私は二人を指差して『テレビに出てた人だ』と言ってしまった。二人はそれを聞いて可笑しそうにくすくす笑っていたのを今でも覚えている。

 ちなみに、苗字も昔は結婚したらどちらかに統一しなければならなかったらしい。女性側が男性に合わせる夫婦が多かったのだとか。施設で働いていた男女夫婦も二人とも同じ苗字で、夫の方に合わせたと言っていた。


『ねぇ愛華。今はどう思ってる?』


『何が?』


『私達と家族になりたいって、思ってくれてる?』


 海菜さんにそう聞かれた時、私は迷わず『うん』と即答した。

 施設を出なければいけなかったのは寂しかったけれど、それ以上に海菜さん達と家族になれることが嬉しかった。

 ちなみに、私の苗字は百合香さんと同じになった。小桜愛華。漢字で書くとなんかカッコよくて気に入っている。愛華という名前は誰が付けたのかは知らない。亡くなった母かもしれないし、もしかしたら、私を虐待していた父かもしれない。そこに込められた意味も分からない。だけど、私はこの名前、嫌いじゃない。




 そして現在。


「愛華も今日から中学生か。早いな」


 白いセーラー服に身を包んだ私を見て、海菜さんが呟く。今日から私は中学生になる。私が二人の子供になって今年で4年目。4歳くらいから施設に入って、そこから小3までだから、施設に居たのは5年くらい。

 もうあと一年もしたら、二人と過ごした時間が施設に居た時間より長くなる。


「んふふ。どう?似合う?」


 鏡から海菜さんの方に向き直し、一回転して見せる。巻き起こった小さな風でふわりとスカートが揺れ、海菜さんが「可愛いよ」と笑った。


「百合香さんとどっちが可愛い?」


 そう問うと海菜さんは「百合香」と迷わず即答する。分かってはいたが笑ってしまう。

 二人は法が改正されてすぐに籍を入れたから、婦婦ふうふとしてはまだ今年で5年目。だけど、高校生の頃に出会って付き合い始めたというのだから、交際期間は10年以上だ。

 現在の二人は今年で30歳。私は今年で13歳。歳の差は17歳。親子にしてはちょっと近いかもしれない。

 もちろん、私は二人から生まれたわけではない。そもそも、同性同士では子供は出来ないらしい。一部を除いたほとんどの生物はオスとメスが交尾をすることで子供が出来る仕組みになっている。だから人間も本能的に異性に惹かれる仕組みになっていて、同性を愛する人は脳に異常があると思われていた時期もあったらしいが、今は同性同士の恋愛も珍しいものではなくなっている。

 とはいえ、私のように同性カップルに育てられている子供はまだまだ珍しいらしくて、小学校ではよく揶揄われた。私達の親の世代にはまだ、同性カップルが子育てをすることや、同性同士の恋愛に疑問を持つ人も少なくないのだとか。

 今でこそ、私の同級生に私を変だと言う子は居ないけれど、中学に上がれば別の小学校に通っていた子達と一緒になる。私のことを知らない彼らの中には、私達家族を見て『普通じゃない』と思う人も居るかもしれない。また揶揄う人が出てくるかもしれない。けど大丈夫だ。きっと、一緒に過ごすうちに慣れてくる。同じ小学校に通っていた同級生達や彼らの保護者達、先生達もそうだったから。


『普通とか当たり前なんて、ただの多数派でしかないからあまり気にしなくて良い』

 それが海菜さんの口癖だ。『普通じゃない』とずっと言われて生きてきた私は、その言葉に救われた。

 男女の夫婦じゃない、血が繋がっていない、夫婦同姓じゃない、娘は施設育ち—と、世間から見たら多数派ふつうじゃない要素が詰まっている私達家族だけど、私達にとってはこれが当たり前だ。

 そもそも、同性婚が認められているこの時代なのだから、同性カップルを両親に持つ子供はきっと私だけではない。小学校には居なかったけれど、中学校に上がれば居るかもしれない。実際、海菜さんと百合香さんの知り合いには男性同士で子育てをしている夫夫ふうふが居るらしい。


「百合香ー。ネクタイ締めて」


「自分で締めなさいよ」


 と呆れながらも、海菜さんのネクタイを締める百合香さん。二人はいつもこんな感じだ。海菜さんは百合香さんに対してデレデレだけど、百合香さんもなんだかんだで海菜さんに対して甘い。ツンデレというやつだ。

 それにしても、相変わらず海菜さんはスーツがよく似合う。昔からよく男性と勘違いされたらしい。そのことと、私が男性恐怖症であることを気にしてなのか、私と初めて会った日はしっかりとメイクをしていたが、今考えるとしっかりメイクをした海菜さんはかなりレアだったようだ。普段はほとんどメイクをしておらず、今日もスキンケアだけしてメイクは全くしない。


「はい。出来たわよ」


「ふふ。ありがとう」


「…本当に行くのね。寝なくて平気?」


「大丈夫だよ。今日休み取ったし」


 海菜さんは"モヒート"というバーで働いている。母親が始めたバーで、母親が引退したらそのまま継ぐらしい。仕事は夜勤で、帰ってくるのは早朝。朝から昼まで寝ていることが多いのだが、今日は私の入学式ということでわざわざ起きていてくれた。


「マナ、おいで」


 しゃがんで両手を広げる海菜さんの胸に身を寄せる。ぎゅっと抱きしめられた。


「…大きくなったね。愛華」


「…おかげさまでね」


 私は父親から虐待を受けていた。施設に預けられた頃は、特に年上の男性が怖くて仕方なかった。今も大人の男性が苦手だ。だから施設は、女性同士の婦婦ふうふである二人を紹介してくれたらしい。


「マナ、私も」


「うん」


 海菜さんから離れて、百合香さんに抱きつく。同じ女性だけれど、柔らかさが全然違う。海菜さんは細身で筋肉質だし、胸がほとんど無い。故に、抱き心地は百合香さんの方が良い。特にこの胸。ふわふわで、温かくて…


「…こら、寝るな」


 海菜さんに頭を突かれ、目が覚める。頭の上でくすくすと百合香さんが笑った。


「ほら、愛華。行くよ」


「うん。百合香さんも手繋ご」


「ふふ。はい」


 今日から新しい生活が始まる。期待と不安を胸に、二人の母と手を繋いで家を出た。

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