昔の話なんですけど
「いやー、おいしかったね!」
レストランから外へと出ながら、僕は言った。
「確かに。あの牢屋にいたときは不味いものばっかで、人間の食事があんなに美味いとは思わなかった」
「あそこだったらそりゃあマズいでしょ。……まあ、でも確かにおいしかったよね」
ミシェとジョシュアくんがうなずいた。
あまり人間社会の経験がなさそうなジョシュアくんはともかくとして、ミシェまでおいしいと言ったあたり、相当よかったみたいだ。
おなか一杯で幸せな気持ちになりながら、僕は周囲を眺める。
人通りが多いのは変わらないけど、さっきまでとは違い、行く人よりも帰る人のほうが数が多い。
みんなご飯を食べ終えて、家路へとついている真っ最中みたいだ。
「……それにしても、こうやっておいしい食べ物を食べられるようになってよかったね」
「うん。あの頃はいろいろと大変だったから」
ジョシュアくんが僕たちの話を聞いて、首をかしげた。
「昔はそうじゃなかったのか?」
「うん、まあね」
僕たちはかつての出来事を思い出していた。
僕たちが、孤児院へと向かうことになったあの事件を。
「……僕たちが産まれて数年経ったくらいかな。大きな飢饉が起きたんだ」
あれはあまりにもひどいものだった。
昔のアルロス王国は土地がやせていて、中々食べ物がなかった。
それでも魚や、雑草を食べさせられる牧畜を利用してどうにかやっていたのだけれど、とある病気が、家畜の間に伝染したのだ。
それは家畜をあっさりと死なせてしまううえに、すさまじい感染力を持っていた。
結果として、王国ではひどい飢饉が発生したのである。
「あのときはひどくてね、ちょっとした肉をめぐって何人もの人が殴り合いをしたことだってある」
最終的に、その殴り合いに参加した5人のうち3人が死んでしまった。
殴られたケガが原因だった。
そして、最後に肉を手に入れたひとも、弱った身体で病気に感染してしまい、死んでしまった。
「……その人には家族がいたんだ。だけどみんな衰弱していて、ひとりの子どもを除いてみんな死んでしまった」
「もしかして、それは……」
「うん、僕の家族だよ」
あの時のことは今でも思い出す。
苦しみに満ちた表情をして固まった父と母、そして姉。
まだ幼かった僕は、それがなんなのかわからなくて、ただ泣くことしかできなかった。
冷たくなっていく彼らを目の前にして、なにひとつしてあげることができなかったのだ。
なにも食べることもできず、どんどん腐っていく彼らの身体。
そして僕もまた、彼らの仲間入りをするのかと、腐敗臭と排泄物に満ちた部屋で寝そべっているとき――
「……そこに来たのは、教会のひとだった。隣のひとが『あそこの家の様子がおかしい』って言って、連れてきてくれたんだ」
彼女らは虫の息となった僕を見て、すぐに食べ物を食べさせた。
まあ、実際はスープをドロドロにしたような、ほとんど飲み物と変わらないようなものだったけど。
それで身体を洗ってもらって、僕は彼女らの経営する孤児院で暮らすことになったんだ。
「……まあ、僕だけがひどいわけじゃないんだ」
ミシェも相当大変な思いをしたらしいしね。と彼のほうを見た。
今でこそこうやって話すこともできるけど、昔はいつも悪夢にうなされたものだ。
「……そうだったのか」
ジョシュアくんは悲しそうな目で僕たちを見つめた。
「大丈夫だよ。今はみんな元気でやっていけてるからね」
「そう、か。……それならいいんだが」
「うん。……さて、この話はこれで終わり! 早く家に帰ろう?」
ミシェとジョシュアくんがこくりとうなずく。
そうして僕たちは、ほんのちょっとのさびしさを残しながら、はじめてのレストランを終えたのだった。
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