洞窟に入ることにしたんですが

 そうして僕たちは、スライムが繁殖しているという『スライムの穴』へと向かった。


「……ここがスライムの穴、ですか」

「なんか思ったよりすぐ着いちゃったな」

「まあ、新米の子のために整備しているからね」


 風情がない、と愚痴るヤンくんを、僕はどうどうと諫める。

 道中で「同い年だろうし、敬語はいいよ」と言われてしまったので、タメ口の状態でだ。


「……こういうのって、必要なんですか?」

「と、いうと?」

「冒険者というのは、皆危険な場所へと行くものでしょう? いくら新米といってもこんな場所は……」

「でも、万が一のことがあるといけないし……」

「この程度で死ぬのなら、それまでだったというだけです」


 ラーさんは容赦なく毒舌を放つ。

 見た目とは裏腹に、中々ドライな価値観の持ち主みたいだ。

 確かに彼女のいう事にも一理ある。

 冒険者とは危険を冒して任務を受けるのが普通の職業だから、死ぬのだって頭に入れないといけない。

 それだけの覚悟を決めている彼女は、将来優秀な冒険者になるはずだ。

 けれど……。


「……だけどね、冒険者っていうのはみんなそうとは限らないんだ」

「……え?」

「冒険者っていうのは、確かにすごいことをしたくてなった人が多い。けど、実はみんなが思ってるほどいるってわけじゃないんだ」


 冒険者になった理由はかならずしもひとつではない。

 物語を聞いて貴族からわざわざなったという人もいるし、あまりにも貧しすぎて冒険者か盗賊しか道がなかったという人もいる。


「そういった、生活のために冒険者をしてる人たちにとって、歴史に残る冒険なんてどうでもいいんだよ。大事なのはどうやってお金を稼ぐかだ」

「それはそうですが……」

「……まあ、ここもよく繁殖するのがスライムだからっていうのはあるよ。これが他の魔物だったらこんなことにはなってなかったろうね」


 そう言って僕はラーさんに微笑んだ。

 納得した……というわけではなさそうだけど、理解はしてくれたらしい。


「ショウはすごいな、色んなことを考えてる」


 暗くなった空気を明るくするためか、ヤンくんがおどけたように僕たちの間に割り込んだ。


「そんなことないよ。僕はただ、雑用ばかりしてたからそういう人の気持ちがわかるってだけで……」

「それでもそうやって他人のことを見れるのは才能だよ!」


 そういってヤンくんは僕の肩を叩いた。

 年齢は同じくらいかもしれないけど、冒険者としてはずっと先輩なのに慰められるなんて情けない。

 ちゃんと先輩らしくしないと。

 僕は背筋をピンと伸ばして、彼らに大声をはって言った。


「ヤンくん、ラーさん。スライムとは言っても、敵は危険な魔物だ。自分の命を大切に!」

「ラジャー!」

「……了解しました」


 そうして僕たちは、スライムの穴へと足を踏み入れるのであった。



「……ところで」


 ヤンくんが僕に尋ねる。


「なんだい?」

「そのデカいリュックサックはいったいなんなんだ?」


 ヤンくんは顔をひきつらせながら、僕が背負っているリュックサックを指さした。

 それはパンパンに膨れ上がっていて、実際重さも小さい子どもくらいはある。

 僕の背の高さだとほとんど隠れてしまうほどだ。


「……ああ、これね。念のために伝手を頼って色々と道具をもらってきたんだ。冒険者仲間とか、ギルドの人とか」


 僕は力がないからね。

 そう答えると、ヤンくんは「そ、そうか……」と気圧されたようにうなずくのだった。

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