魔女とインプと、狂戦士(バーサーカー)

小花ソルト(一話四千字内を標準に執筆中)

 

第1章  それぞれの導き手

第1話   僕の師匠サマですっ!

 彼の髪の色を、魔女はお気に入りの銅板の色に例えた。何の道具かは未だに解明できていないが、魔女は今でも、この用途不明の銅板を大事に持っていた。


 今日もそれが壁にかかっているのを、こっそり視界の端にいれ、少年は照れくさくも嬉しく思いながら、彼女が教室に現れるのを待つのだった。


「お待たせ〜。準備に手間取っちゃって」


「わあ! 言ってくだされば、僕がお手伝いしましたのに」


 ガチャガチャと大荷物を両手に抱えて、足で扉を開ける彼女を、少年は慌てて手伝った。重い荷物も二人で持てば、少しは軽くなる……はずだったのだが、彼女の両腕に簡単に包まれるほど小さな少年では、大した数を持つことができなかった。


 それでも少年は魔女を支えようと奮闘する。黒いカボチャパンツ一丁に、やたらムキムキな、ぶ厚いコウモリの翼を背中に生やして、一所懸命に羽ばたいてテーブルに物を並べていく。


 魔女もそんな彼を、とても可愛がっていた。どれくらい可愛がっているかと言うと、彼女は夢に現れた夢魔むまをたいそう気に入って、夢の中から引っ張り出すべく受肉させ、使い魔インプとしてそばに置いてしまうほどに。


 この少年は、本来ならば夢の中を介してしか現実世界の者と交流できない、インキュバス夢魔なのだった。


 今日もテーブルに物騒な物が並んでいく。血を吸いすぎて変色した山賊の刀、呪術に使われすぎて紫色のつのが生えた人間の頭蓋骨、その他細かい計量器具に、魔女が時たま廃墟の神殿からくすねてくるらしい聖女の私物。その私物だけは、蓋の無い木箱に入っており、なぞの白い布が無造作に押し込まれていた。


 少年はそれらを眺め、改めて目を輝かせた。


「今日はまた豪華な教材ばかりですね! いったいどこからこのような調達を」


「ああ、知り合いの魔女がね、お店の在庫が余ったからって、お安く譲ってくれたのよ。聖女の私物は、私が拾ってきたんだけど」


 おっとりとした仕草で微笑む彼女は、ほっそりとしながらも女性の魅力に溢れた体型に、随所にやたら目立つ深めのスリットが入った黒のドレスを着ている以外は、素朴な茶褐色の長い髪に、愛らしい町娘の顔立ちと、いたって普通の女性に見える。


 浮かべる表情はいつも微笑み。髪と同色の大きな両眼は、穏やかな光をたたえている。


「こんなに良い状態の年代モノが、売れずに余るとは……珍しいこともあるのですね」


 少年はその店の調達先と、調達方法も気になったが、それに関しては、また後日にでもたずねようと思った。今はこの目の前の材料を使って行う魔法を、習いたくて体のうずうずが止まらない。


「あなたは本当に、私との授業を楽しみにしてくれるのね」


 魔女が謙遜して微笑むと、少年は羽ばたいていた翼を、さらにバタバタと激しく鳴らした。


「当然じゃないですか! まだ若手と言うのに、数多の魔法を会得済みの師匠サマは、すごいお方ですよ!? 普通、夢の中でたまたま会った夢魔を、受肉までさせますか!? 実体のない悪魔を現実世界で使役なんて、並大抵の魔女ではできないことを、いや、これは前代未聞の出来事ですっ、もう大事件の域ですよ!? 僕はこの体を師匠サマにいただいた時から! 身も心も師匠サマ一筋なんです!」


「ふふ、難しい言葉知ってるのね。おませさんなのね」


 インプは魔女の凄さを、その身をもって体感した分、彼女に対する尊敬の念が莫大なものになっていた。


 それが魔女にとっては面白くもあり、微笑ましくも見えるらしい。


 どんなに熱く語っても、変わらずふわふわしている魔女に、熱意の差を感じてときたま悲しくなるインプである。


「うう、いつまでも子供扱いして。僕はこれでも、もう成人してるんですからね」


「夢魔の成人の基準は、よくわからないけど、あなたが言うんだったら、きっとそうなのね」


 すぐムキになる子供をあやすかのように、魔女は緩やかに結論付けたのだった。


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