45:これでも元JKは癒しの音を奏でたい!

「これでやっと以前の生活を送れるぞ……!」


 仲の良い貴族にかくまってもらっていた皇太子とも再会した国王は、ホッとした表情で玉座に座った。


「この前、手紙を送っただろう? あれは本当にそなたがいなくて不安だったのだよ。妻がいないからなおさらかもしれないな」


 やっぱりラブレターだったの、あれ!


「心が沈んでいる時にあのような手紙をいただき、少しばかり……いえ、けっこう心が救われました」


 思い出し笑いをしそうになり、私の顔は不自然に引きつる。


「ふむ、そなたを私の妃に迎えようかとも思ったのだが……」

「えっ、今なんとおっしゃい――」

「私の妻となってくれないか」


 き、き、き、妃に!? さすがにそれはムリ! 年の差ヤバいし、妃となると色々縛られそうだし……。


「大変申し訳ありませんが、お気持ちだけ頂戴いたします」


 丁重にお断りした。


「そうか……急すぎたか」

「いえ、私は庭木に止まる鳥のような者です。そしてその時々によって姿を変えます。宮廷音楽家ではありますが自由に活動をしたいんです。私はただ音楽で生活したいだけなので」


 そういって頭を下げる。どう解釈してくれるだろうか。


「宰相は……続けてくれるのだろう?」

「それはもちろん続けます。陛下とお仕事するのは楽しいので」

「そなたは気まぐれなのだな」

「はい、目の前のことに全力を注ぐ気まぐれです」

「ハハハッ、面白い鳥だな」


 私が宰相になったばかりの頃のように笑う国王。フラれることは最初から分かっていたらしい。


「それでは改めて、よろしくお願いいたします」

「あぁ、よろしく頼むよ」


 国王と熱く握手を交わす。私はさっそく胸ポケットから手帳を取り出した。






 アールテム王国に今また平和が訪れた。


 私が偵察で国内を回れば、「あぁグローリア様、こんなにいい生活をさせてくれるなんて、頭が上がりません」と言われ、聖女だと祭りたてられる始末。


 あのぉ……聖女なんかじゃないですよ。

 収入から払う税を一割に戻しただけだし、自由商売を再開しただけだし、奴隷を解放させて住む土地と仕事を保証して、自立を支援しただけだし。


 特に革新的なことはやってないと思うけど?

 しかし国王に言わせればこうらしい。


「そもそもそなたのように、身分関係なく『国民』として捉えることが新しいのだよ。どうやら世論では、そなたが『平民出身だから成し得ること』だと言われているようだが」


 国王の言葉が否定で終わったのは、その先に「本当はそうではないのだろう?」という言葉が続いている。


 私と国王とは何回も話し合ってきて、互いの目指すところを同じくしてきた。まぁ、妃になるかと言われたくらいの仲だし。


 そしてもし戦いに出ることになったら、必ず音楽隊がついていくことにした。トリスタンはああいう風にばかにしてきたけど、実は音楽隊の音にビビって焦ってたって、風のうわさで聞いたんだよね。


 しかし、リリーには戦場が刺激の強すぎる場所だったため、音楽隊も動員することにはずっと首を振っていた。


「ねぇお姉ちゃん、もう見たくないよ。リリーいや」

「あれはね……初めてながら、かなり酷いものだったんだよ。今度はリリーはお留守番にするから」


 同じサックス奏者といっても、まだ七歳。さすがに隊員全員を駆り出すことは慎むべきだと反省した。

 行きたい人だけ行き、行きたくない人は行かないと選択できるようにした。


「後衛が『動かぬ人間の山』を見るなんて、二十九万人が一万人までに減っても戦い続けるなんて、普通の戦争じゃありえないし……」


 いい案だと思っても必ずどこかでほころびが生じ、直していく。これの繰り返しである。

 アールテム王国は、内側から最強の国へと成長していた。






 私は農村にいた。週に一回の演奏をしに行く日である。

 しかし今日はリリーもついてきた。


「いつもは私のサックスだけで聞いていただいていますが、今日は妹のリリアンと二重奏を披露いたします」


 色々なところで演奏して肝がすわったリリー。王都以外で演奏するのは初めてだが、そこまで緊張しているようには見えない。


「まずは……何がいい?」

「賛美歌! 賛美歌やって!」


 やっぱり。だいたい子どもにリクエストを聞くと、この答えが帰ってくる。

 ソロで吹くより二重奏の方が原曲に近いものとなる。原曲の混声四部合唱のうち、二つを満たしてくれるからだ。


「それでは賛美歌の新たな響きをお楽しみください」


 私は心の中にためた『想い』を、リリーが出す音とともに解き放つ。和音が気持ちよく響くところでメロディやハモリを奏でる。

 音楽に浸りながら、ケガや病気の農民が光を帯び、治っていった。


 宰相となり、聖女とうたわれても、私は農民への演奏を止めることはないだろう。

 もし自分の道を見失うことがあっても、原点に立ち戻れるように。






 いつものようにグレーのスーツを着て、私はオーケストラの合奏をしにサックスのケースを背負う。


「グロー、相変わらず忙しそうだねぇ」


 お見送りをしに、ベルがのっそのっそとこちらに歩いてくる。


「そうだね、でもどの仕事もすごくやりがいを感じるよ」

「楽しそうなグローの顔を見ていると、私も嬉しくなってくるよ。あれ、グローはサックスのプロになりたいだけじゃなかったのかい?」


 私はそれに笑って答える。


「前はね、プロのサックス奏者になりたかっただけだけど、ちょっと変わったかな。これからも『癒しの音』を奏で続けていたいっていう夢に変わった」

「なるほど、それが一番だ」

「やっぱり?」


 与えられたこの力・音のコンペテンシャンとして、サックスの音色で耳も体も心も癒されてもらいたい。自分の能力を余すことなく必要とする人に振る舞いたい。


 ただ、それだけ。


 ベルに手を振ると、青空の下、私はピンク色の髪をなびかせて王城へ歩いていく。私の顔つきは途端に『宮廷音楽家』の顔に変わった。

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