44:お帰りなさいませ! 国王、奇跡の帰還
「「「反逆者を倒したぞぉぉぉぉ!!」」」
騎士たちはその武器を天向けて高く挙げ、勝利を宣言した。
私はアドリブでサックスを吹き、その喜びに花を添える。
「それにしても犠牲が……私の演奏で治るかな……」
九万人いた本軍は、今や一万人を切っていた。
またも王城の庭は『動かぬ人間』の山であふれかえっている。
確か世界史でやったけど、あのナポレオンがロシア遠征の時、冬の寒さと飢えでどんどん兵が減っちゃったのと同規模な気がする。六十何万の兵が最終的に五千くらいだったはず。
いや……それより全然酷い。今日の数時間でこれだもん。
音楽隊の隊員の何人かは、人間の山に背を向けている。
リリーは「こわい……」と連呼して私に顔をうずめて泣いている。
「みんな、お疲れ様。後は私が」
私は音楽隊のみんなにそれだけ言うと、リリーをケイトに預けて、一人で人間の山たちへと歩み寄る。
トリスタンが立っていた場所には、おそらく彼の服に着いていたであろう宝石が転がっていた。
「……これがアイツの首ってことでいいかな?」
それらを軍服のポケットにしまいこむと、私は庭の真ん中に立ち、サックスを構える。
「みなさん、トリスタンを倒すために騎士団長や私についてきてくださってありがとうございました。そして
もはや直す気のない癖であるおじぎをすると、私は心の中とペンダントの中に『想い』をためた。
それがサックスの音に乗せて響き渡ると奇跡が起きた。
背後にいる女神の気配を感じ取りながら、ゆっくりと歩みを進め、王城を囲む庭を一周する。
私の
私の音がはっきり聞こえる範囲に入ると、兵士の体に負った傷が治り始め、私が隣を通ると目を覚まして起き上がり始めたのだ。
王城の敷地の外で倒れていた兵士にも近寄り、奇跡を起こす。
「い、生き返った……⁉︎」
「グローリア様は死んだ俺たちにまで⁉︎」
「いつも以上にただならぬオーラが!」
「奴隷なのに用なしじゃないなんて……」
「やっぱりグローリア様は聖女だ!」
どんな身分出身の兵であろうと、私は共に戦った仲間の一人として見ている。当たり前だけど。
息絶えていた者から動けなくなっていた者、二十八万人の全てが、私に頭を垂れている。
「えっ、みなさん顔を上げてください!」
ちょっと! 私はみんなへの感謝で魔法を使っただけだよ? そんなペコペコされたらやりにくいんだけど!
何か、ちゃんとしたこと言わないといけない空気……じゃない?
私は
「みなさんの活躍により、アールテム王国を乗っ取って生活を苦しめた悪党は、この宝石だけを残して消え去りました。危険を顧みずに志願してくださった兵士のみなさん、協力してくださった騎士団のみなさん、そして一緒に演奏してくれた音楽隊のみんなに多大な感謝を申し上げます」
指をめいいっぱい広げた手を、まっすぐに挙げた。
「あとは国王陛下の帰りを待つのみです。戻ってきたらまた二ヶ月前までの生活に戻りましょう!」
「「「オォォォォッ!!」」」
二十九万人の仲間から同意の雄叫びをもらうと、私は音の神・グローリアとの共鳴を解いた。
私は兵士たちを家に帰し(奴隷は騎士団に入らせ)、音楽隊を家に帰しても、まだ一人で王城に残っていた。
一人といっても、護衛の騎士が交代制で見張ってくれるのだが。
「グローリア様……いつお帰りになるか分からないというのに」
「一番最初に陛下をお出迎えしたいんです」
「さすがに何もお食べにならないのは……」
カルラー王国の爆弾や、私が放った高温の爆風のせいで、王城の外装は悲惨なことになっている。
王都の職人を総動員させて、絶賛(?)修理中だ。
「グローリア様!」
馬に乗って急いだ様子でやってきた騎士が、私に紙切れを渡してくれた。
「国王陛下を保護いたしました! 今、こちらに向かっておられます」
「よかったぁ! あとは無事に帰ってくるだけですね」
おそらくカルラー王国の王城の地下
「とりあえず陛下がご無事であることが何よりです」
私は胸をなで下ろして、今か今かと向こうの方から現れるであろう姿を探していた。
それから待つこと三時間、のべ九時間。かなり傾いた日は、あと数十分で地平線に触れようとしている。
「国王陛下のお帰りだぁぁぁぁ!!」
道行く人にバレないよう、国王を乗せた御輿には目隠しがされており、一見すると食材を運んでいるようである。
王城の入口にいる私の目の前に、
目隠しが外れると、国王は騎士に手を貸してもらいながらヨタヨタと私に近寄っていく。
「陛下、お帰りなさいませ」
「おぉ……グローリアよ」
私は失礼を承知で、国王をこの腕の中に抱擁する。
あのパーティーから実に二ヶ月ぶりの再会をとげた。
夕焼けの
「トリスタンはどうなった」
「私が、きれいさっぱり消しておきました」
まぁ、私と女神様とだけど。
「そうかそうか。やはり私の目は間違っていなかったようだ」
えっ、何が?
「そなたはアールテムを変えてくれる人だったのだな。もしや、そなたが音のコンペテンシャンだったり?」
「そう……ですね。今日分かったばかりですが」
「何となくだが、そんな気はしていた」
ちょっと……! この国王、何か勘だけはいいんだよね。政治をする才能はないけど。
「それでは国王陛下のご無事をお祝いして、音楽隊から一曲お送りします」
私がそう言って後ろを向くと、王城の中からスタンバイしていた音楽隊が出てくる。
さっと三列くらいに並ぶと、私の合図で『アールテム英雄物語』の演奏が始まった。
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