22:宰相として王都の偵察に行こう!
「お姉ちゃん、今日はどこにいくの?」
家から出ようとすると、私のスーツのすそが引っ張られた。
寂しそうにリリーが上目づかいをしてくる。
「改めて、王都とその周りの様子を見に行くことにしたの。私、陛下から大切なお仕事を任されちゃったからさ」
「いつ帰ってくる?」
「今日、日が暮れるまでには帰ってくるよ。明日、サックスの練習しようね」
「うん!」
私しかサックスを教えられないことが難点だよね。これからより忙しくなりそうだし、リリーにかまってる暇あるかなぁ……。
でも、明日はちゃんとリリーのために時間を割こう。
私はリリーのお見送りに手を振ってこたえた。
「よっ、グローリアじゃねぇか!」
「ルーク! お久しぶりです!」
家から出るとすぐ、運び屋筋肉マッチョのルークが声をかけてくれた。
「今日もまた演奏しに行くのか?」
「まぁそれもしながら、王都とその周りを偵察しようと思ってます」
宮廷音楽家たるもの、やはり背中には相棒のサックスが入ったケースがある。
リクエストされれば、その場で演奏しようと思っているのだ。
「へぇ〜頑張れよ!」
「ありがとうございます」
ルークと別れ、まずは南地区をまわった。王都に住んでいる人の中でも貧しい平民が暮らしている地域である。
プレノート家もつい数ヶ月前までは平民だったが、あの生活より困窮しているのが南地区の人だ。ベルは商人をやっていただけ、まだマシである。
「貴族のヤツが来たぞ」
「あっ、あの人見たことある!」
ピンク髪の奇抜な見た目の私。コソコソ言ってるつもりだろうけど、聞こえちゃってますよ〜。
「あの、グローリアさんですか?」
一人が声をかけてきた。
「はい、そうですよ」
「私、いつもお昼に噴水広場を通っていて、こっそり演奏を聴いていたんです」
おおっ! 平民時代から聴いてくれてた、私のファンってこと?
「本当は『投げ銭』っていうのをしたかったんですけど、お金がなくて……ごめんなさい」
その人はすまなそうに目を伏せる。
「いいんですよ。こうやって声をかけてくれただけでも
確かにあの時、お金はほしかったけど……!
「今、しっかりとお気持ち、頂戴しました」
そう、気持ちが伝わればお金でもなんでもいいから!
「よかった! 優しいお方で」
その人の顔がぱっと明るくなり、私もホッとした。
そんな……お金のない人から無理やり搾取しようだなんて、どこかの大公爵じゃないんだから!
「あれで本当に貴族か?」
「平民相手に、あんなに丁寧に接しているぞ」
「もしかしてあの人がうわさの『聖女』って呼ばれてる人か?」
「「「それだ!」」」
またも私のことを言っている声が聞こえるが、悪いようには言われてないようだ。
私は南地区の中心に行き、長老の家の前を借りて、ゲリラ無料ライブをした。
その後、商人が多く住む東地区や貴族たちが住む北地区をまわり、最後に王都を出て農村に向かった。
「サックスのお姉ちゃんだ!」
「あれ、いつもと着てるのちがう」
子供たちがまとわりついてスーツが汚れるが、この格好で来てしまったのだからしかたがない。メイドのジェンナに洗ってもらおう。
「はいはいちょっと歩きづらいから離れて離れて〜」
私はワイワイと騒ぐ子供と一緒に村の中心に歩いていき、村長の家の前までやってきた。
ちなみに、吹っ飛ばしたトリスタンが落っこちた村長の家は、一週間ほどで建て直している。
「今週も来ました」
「毎週毎週、村のみなが楽しみにしておるぞ」
白くて長いひげに埋もれた口が、もぞもぞと動いている。
すでにたくさんの農民が私を取り囲んでいた。ガヤガヤと私を指さしている。
「今日は他の用事もあったのでこの格好です」
「サックスのお姉ちゃん、その服着るとすごいかっこいい!」
「えへへ、ありがとうございます」
いつもはワンピース一枚に細いベルトをしてるだけだからね。
「あと、先週の両国国王会談の時の報酬で、陛下から宰相に任命されちゃいました」
「「「ええっ!?」」」 「「「すごい!!」」」
意味が理解できない子供には、親が代わりに説明してあげる。
「それならもうちょっと納税減らしてくれよ〜」
「都の民ではお姉ちゃんだけが頼りだからね」
「私たち農民も王都の市場で取り引きさせてください」
農民が不満を口々に言ってくる。普段はどの貴族に言ったところで聞いてももらえない。そうと分かっているので、農民も不満は言わないのだ。
しかし私には言ってくる。ということは、しっかり聞いてくれるって分かってるから言ってくるんだよね。
「みんな一斉に言われても聞き取れないので、後で聞きます。今はとりあえずケガと病気の方を癒します」
毎週来ているからか、ケガはともかく病気になる農民がグンと減ったと感じている。
「ではまずは『賛美歌』を」
私はいつものように心をこめて、農民たちに音楽を届けた。そんなに信頼してくれているんだと、少し
そのころ……
「治りましたね、明日からは執務に戻っても大丈夫ですよ」
「やっとか! 早く王城に戻りたくてうずうずしてたんだよ!」
そう医者に吐き捨てたのは、ずっとベッドに横になって暇していた大公爵・トリスタンだった。
「あまり動きすぎると痛みが再発するかもしれないので、徐々に増やすように……」
「明日は朝から夜まで、たんまりたまった仕事を片づけるぞ!」
どうやら医者の声は届いていないようだ。
「お体に触りますので……」
「そんなこと言ってられるか!」
吹っ飛ばされたものの、長年染みついた傲慢さはなかなか治らないらしい。
ただの老害である。
医者はため息をつき、内にこめたイライラが顔に出そうになっていた。
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