07:能力開花? 癒しのミュージシャン

「ねぇ、ベル。ベルとかリリーって魔法使えるの?」


 そんな突拍子もないことを聞いたのには理由がある。

 前世のあの世界を『アンマジーケ』と呼ぶからには、この世界には魔法があるということなのだろう。ほぼ毎日投げ銭をしてくれる常連さんに、魔法のことを聞いてみたのだ。


「魔法は選ばれし者しか使えないんだよ。権力者が魔法を使えたら乱用して大変なことになるよね? だからだいたいは普通の平民なんだ」


 ……らしい。

 ベルもリリーも平民なので、使える可能性はあるのだが。


「いやいや、魔法なんて使えやしないよ」

「リリーもできないよ」


 ベルもリリーも首を振った。


「もともとアンマジーケ出身の私でも、使える可能性はある?」

「いやぁ、そればかりは分からないねぇ。でもあるって考えた方が面白くないかい?」

「……確かに」


 その時は夢を持たせることで話は終わった。






 次の日、噴水広場でまたサックスを吹いていると、あの常連さんが左腕にギプスを巻いてまで来てくれたのだ。

 驚いたものの、とりあえず曲を最後まで吹き切る。


「腕どうしたんですか⁉︎」

「昨日あの後家に帰ったら、昼から酔いすぎて階段から落ちたんだよ。今は診療所に行った帰り」


 私も前世で骨折したことあるけど、マジで痛かったし、不便だったな……。

 共感力が高いせいか、その時のことを思い出して自分も痛くなりそうになる。


「姉ちゃんの演奏を聴いて、少しでも気を紛らわそうと思ってね」

「なるほど……分かりました」


 その時、体の内側から得体の知れないエネルギーのようなものが、ふつふつと湧き上がってくる感じがした。 

 あぁ、久しぶり! コンクールの本番以来のこの感じ!


 これを相棒に乗せて吹けば、めちゃめちゃいい音が出るんだよね!


 目を閉じ、深く息を吸った。

 一瞬、私の音で噴水広場が静まり返った。


 冷たい風だったのが暖かいそよ風に変わり、その風に乗って音がすみずみへと届いていく。低音域を甘い音で、高音域を澄みわたる音で奏で、湧き上がる感情を表現する。


「あれ……?」


 常連さんが首を傾げる。


「腕が痛くない……」


 えっ?


「演奏聴いたら治ったかも!」

「いやいやいやいやそんなわけ!」

「本当なんだって! それまでズキズキ傷んでたのが、スゥーッと引いていったんだよ!」

「気のせいじゃないですか?」

「もう一回診療所行ってくるね!」


 常連さんはいつものように、銀貨を一枚ケースの中に入れると、さっき来た道を早歩きで戻っていった。


 でも……吹く風がぽかぽかしてた気がするし、ありえなくはないかも。

 ここで吹きながらあの人の報告を待つか。






 一時間ほど経って、さすがにそろそろ帰ろうとしていた時、早歩きでこちらに向かってくる人がいた。


「姉ちゃん、聞いてくれ!」


 案の定さっきの常連さんだ。


「俺の骨、ちゃんとくっついてたってよ! 今はほら、こんなにも動かせるし、元気満タンだな!」


 声を弾ませ、ブンブンと腕を振ってみせる。

 マジで? ホントに治しちゃった?


「すごいよ、姉ちゃんの演奏はケガを治すこともできるんだな! ……このサックスにそういう効果があるのか?」


 そんなわけないでしょうが。そしたらもっと前からそれに気づいたでしょ。


「この楽器とは前世からの縁なので、そういうのはないと思います。だからといって、私にケガを治す能力があるとも思えませんけど」

「サックスにないなら、姉ちゃんが持ってるんだよ!」


 ガハハと笑って何の躊躇ちゅうちょもなく、サックスのケースに銀貨を五枚放りこむ。


「こ、こんなにいいんですか?」

「ぜんっぜん。医者にかかるより全然安いさ」

「あ、ありがとうございます!」


 いつもは多くて銀貨五枚(日本円で約五千円)ほどしか稼げないが、今日だけでざっと倍くらいは稼げた。これはこれはベルにもリリーにもいい報告ができそう。

 私は昨日よりずしっと重い麻布を腰から提げて、ケースを背負って噴水広場をあとにした。






 未だに事実を信じられなかった。

 ホントのホントに骨折を治しちゃったの? すり傷くらいの軽いケガじゃなくて?


 ……アンマジーケってそういうことか。


 魔法を出すもととなるものが生み出せたとしても、魔法として具現化しないってことかな。だから『魔法がない世界』って呼ばれてるのかも。


「こんなに稼いで、何かあったんかい?」


 …………はっ!

 銀貨や銅貨を数えて、不思議そうに私を見てくるベル。


「ほぼ毎日来てくれる常連さんが、銀貨六枚もくれたの。あと……」


 自分でもよく分かんないけど、言っちゃえ。


「その常連さんが腕の骨を折っちゃって、診療所に行った帰りに私の演奏を聴きに来てくれたらしいの。それで吹いてあげたら、治っちゃったらしくて」


 数秒間ポカンとし、「治ったって、骨折が?」とゆっくり聞き返す。


「そう。骨折が、私の演奏で」

「お姉ちゃん、ホントに!?」


 銀貨でジャラジャラと遊んでいたリリーも乗っかってきた。


「昨日言ったとおり、グローは魔法が使えるのかもしれないねぇ。それでこんなに銀貨をくれたのかい」

「うん、医者にかかるよりは安いって言ってたけど」


『お手軽』のように聞こえて、まぁまぁ複雑な気持ちになる。

 すると、リリーがテーブルを周りこんでワンピースの裾を少し上げ、右膝を私に見せてきた。


「じゃあお姉ちゃん、リリーのお膝治せる?」


 薄汚れた布で膝をぐるぐると巻いて応急処置はしてあるが、これでは雑菌が入ってんでしまいそうだ。いや、すでに膿んでいた。当ててある布がカピカピになっている。


「やってみる」


 私はケースからサックスを取り出して組み立てて、数十秒音出しをして慣らす。

 リリーの膝をじっと見て、うみが出たほど大胆に転んだ時のことを思い出す。階段上る時とか、ちょっとでも膝を曲げると痛かったなぁ。お風呂なんて苦行だったし。


 体の内側からあふれ出しそうな力を、私はサックスの音にこめて吹いた。その力に身を任せ、音色や強弱をつけていく。


「……もう痛くない!」


 曲が終わると、リリーは膝をちょんちょんと触って驚嘆した。


「本当かい? 剥がして見せておくれ」


 ベルが薄汚れた包帯を取っていく。スルスルと取れた包帯の下からは、小さい子供のあのきれいな肌が現れた。かさぶたを通り越して、痕にも残らず、まっさらになっていた。


「きれーいに治って……グロー、でかした!」

「あはは、治ったならよかった」


 ベルに頭ごとハグされるが苦笑いしかできない私。ホントのホントに、私って治せちゃうの?


「やっぱりグローは魔法を使えるんだよ! 演奏で人を癒すなんて、グローを迎え入れてよかった」

「こっちでも魔法使えることって、そんなにすごいの?」

「選ばれし者しかできないらしいからねぇ。すごいことだよ」


 私は未だに事実を信じられなかった。

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