第6話 新年祭

「ほら、アイリこっちのはどうだい?」

「あー美味しそうですう」


 パーティー会場に着いた時の反応はどの世界も同じで笑いそうになった。

 お陰で笑顔になれたのだからこれぞ「計画通り」ってやつだったわ。


 レオンハルト様と腕を組み微笑みながら入場すればどよめきが波打ちヒソヒソとあちこちで囁きが交わされた。

 そんな中愛想笑いで媚を売ってくる貴族をレオンハルト様はキラキラした笑顔で対応していたのだからプライドと同じくらいプロ意識も高いようだ。


「こう言う状況でも媚を売ってくる奴は信用ならないが扱いやすいという事だ。反対に嫌悪を向けてくるのは信用出来ても我が強くて扱いにくい。それを見極めて行くんだ」

「はあ⋯⋯大変ですね」

「扱いやすくても無能は国をダメにする。扱いにくくて有能は主導権を奪われる⋯⋯をっ、これなんかどうだ」

「ベタベタしますう⋯⋯」

「なんだよお前のためを思ってやってるのに。じゃあこっちのはどうだ」

「ああ、これなら我慢できますう。レオンハルト様ありがとうございますう」

「⋯⋯チッ。やはりその口調ムカつくな」

「⋯⋯私もそう思ってます」


 私達は食事のコーナーで手頃なものを物色する。

 肩を寄せ合い、ヒソヒソする姿は仲睦まじく見えているはずだ。


 こんな流れは初めてで勝手が分からない。


 ただ分かるのはこの王子様は私も意地悪な令嬢も好きでは無いと言う事。自分の目的の為に私に「死ね」と言う王子様だ。


 ⋯⋯私にとって新しい王子様だわ。


「ふむ、まあこれで良いだろう。確実に刺されて貰わなくてはな。腹を刺されろよ」

「わーありがとうございますう。アイリ嬉しくて泣きそうですう」


 苦虫を潰した顔のレオンハルト様に手を引かれ私はダンスを踊る。

 くるくると回されると不敵な笑顔を浮かべたアベル様に肩を抱かれて嬉しそうなジュリア様が視界に入った。


 これから私はレオンハルト様と「婚約破棄」の宣言をする。私はジュリア様とアベル様が反論して来るように煽り、二人のどちらかを逆上させなくてはならない。

 馬車の中でレオンハルト様は私に刺され方を指示した。本当に鬼畜だわ。笑顔で「確実に死ね」だもの。

 まあいいわ。どのみち「ヒロイン」は死ぬのだから。立派に死にましょう。


「おかしな奴だな。死ねと言われて動揺しないなんて。それほど僕に尽くしたいって事かな。でも残念だ僕は君に愛も無ければ、政治価値も見出せない」

「見出さなくて良いですよ。愛も要りません。別にレオンハルト様の為に死ぬのでは無く予定調和なのですから。それに、死ねと言ったレオンハルト様に惚れるどころか嫌悪しかありません」

「違いない」


 ダンスを踊っているのに色気のない会話だわ。

 曲が終わりになる頃レオンハルト様は楽団に演奏をやめさせた。


「ジュリア・ハーディ! アベル・クリント! 出てこい!」


 格闘技が始まるかのような物言いに吹き出しそうになる。これもありがたい事に私の頬を緩ませ、努めて眉を寄せながら不安そうな表情を作ってフロアの中心にやってきた二人にレオンハルト様に縋りながら微笑む「ヒロイン」らしく見せられただろう。


「ジュリア、君はこのアイリに貴族の教育だと言いながら嫌がらせをしていたな」

「そ、そんなことは⋯⋯わたくしはアイリ様に貴族としての品位と心構えを持っていただきたく⋯⋯」

「それに君は僕と言う婚約者が居ながらアベルとやけに親しいが?」

「それは! レオンハルト様がアイリ様をお可愛がりになるのと同じですわ!」

「ほう⋯⋯君はアイリは僕に似合うと言っていたではないか。それは自分が不貞をしているから僕にも不貞させようとしたのではないか?」

「レオンハルト! それは失礼ではないか!」

「アベル。君は僕の側近候補だ。君が僕の婚約者と必要以上に親しくしている姿を見せられて気分が良いと思うか? 君がジュリアに傾心している事を僕が気付かないとでも?」

「くっ⋯⋯」


 えええー⋯⋯。私、必要ない気がして来た。

 このパターンは初めてだ。

 愛とか恋とか関係なくレオンハルト様は自分が馬鹿にされた事に怒っているだけだ。

 そんな王子様を誑かすなんて私には無理な話だとレオンハルト様自ら知らしめてしまっている。

 これでは二人が反論できないでしょうに。

 どうしたものかと考えている隙にレオンハルト様が私をグッと引き寄せた。そして耳元で「やれ」と一言。


 どうも今までとは勝手が違いすぎて私は混乱している。


 私が描いていた筋書きは、本当はレオンハルト様はジュリア様が好きで嫉妬させたくて私を使った。私はそれを勘違いして図に乗り、この婚約破棄の場で打ちのめされ、二人の温情で追放される、つまり社会的に死ぬシナリオだったのに、それは馬車の中で早々に打ち砕かれた。


 「死んでもらう」と言ったレオンハルト様の筋書きはこの場でレオンハルト様とイチャ付き、二人を逆上させるはずだったのに、イチャつくどころか、ジュリア様とアベル様のイチャコラを追求する側になってしまっている。


 それもこれもレオンハルト様のプライドが傷付きやすいからに他ならない。


 ぐるぐる考えていると「チッ」と舌打ちされグイッと腰を抱かれた。

 あー⋯⋯顳顬に青筋が立ってる。そんなに嫌ならやらなければ良いのに。


「レオンハルト様あ。浮気性の方なんておやめになったらどおですかあ。アイリはジュリア様の嫌がらせなんてぜえんぜん気にしませんよお」

「あ、ああ、アイリは優しいな」


 うん、これが精一杯。自分でも馬鹿っぽいと思う。寧ろ、ただの馬鹿だコレは。レオンハルト様も顔が半分引き攣ってるし。


 ⋯⋯私、何しているんだろう。

 「ヒロイン」は断罪され処刑される存在。その繰り返しの「生」を私は生きてきた。


 この世界では私は誰も陥れていないし、誰も魅了していない。それなのに死ななくてはならない。

 理不尽だ。


 ⋯⋯死にたくない。


 ⋯⋯私、死にたくないんだ。


 生きたい。

 生きたい。

 生きたい!


「レオンハルト様⋯⋯私、本当は生きたい」


 思わず出てしまった私の気持ち。レオンハルト様が驚いた顔をしてニカッと笑った。


「生きる為に「死」ぬんだよ」


 耳元でそっと告げられ、レオンハルト様は私のお腹辺りをコツンと弾いた。

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