第5話 王子様の企み

「良くやったアイリ! レオンハルト様のエスコートを受けるとは! レオンハルト様には婚約者がいるが上手く行けばお前が新しい婚約者になるかもしれん。なれなくとも側室に召し上げられれば良い」


 新年祭当日、男爵は上機嫌だった。


 それはそうでしょうね。上位貴族との繋がりを作らせる為に学園に入れた娘が捕まえたのは王子様なのだから。


「お前は顔だけは良い。必ずものにしてこい」


 お前はその為に引き取った。

 言葉にはしなくとも男爵のその目はギラギラと厭らしく光り語る。


「はあい」


 私の返事を聞かずに男爵は部屋を出て行ってしまうのも今更だ。男爵にとって私はただの駒。私自身にはトコトン興味ないのだから。


 私は朝早くから全身を磨かれ、着飾らされる。鏡に映るのは何度も見てきた、その世界で最後になる「ヒロイン」の晴れ姿。


 ピンク頭は結い上げられ、遊び毛を垂らして流してある。

 王子様から贈られたドレスは薄ピンクと白が基調の胸の下で切り替えが入るエンパイアライン。

 胸元を飾るのはこれも王子様から贈られた首飾り。

 いかにも「ヒロイン」的姿だ。


 全体的にふんわりとした私を可憐で妖精のようだとメイド達が持ち上げる。

 普段は私なんて居ないようにしているくせに。


「お嬢様、お迎えが参りました」


 呼びに来た執事に付いて私は部屋を出る。

 引き取られてから一年位かしら。なんの思い出もないけれど、私はお世話になった部屋を振り返り小さく頭を下げた。


 男爵家はそれほど大きくはない屋敷だ。直ぐにエントランスに着くとレオンハルト様が真っ白な盛装で待っていた。

 どの世界の王子様もこうして迎えに来てくれていたわ。そしてそれが私の死へのカウントダウンの始まりでもあったわね。


「とても可愛いよ、アイリ」

「レオンハルト様あ、アイリ嬉しいですう」

「僕からの贈り物、喜んで貰えたようで嬉しいよ」

「はっはっは! レオンハルト様どうか娘をよろしくお願いいたします」


 男爵は相変わらず厭らしい目を光らせていたが、レオンハルト様はそんな男爵に頷き私をエスコートしながら屋敷を後にする。

 男爵を始めとした屋敷総出で私の見送りなんて初めてなんじゃ無いかしら。


「行ってきまあす」


 ただいま。は無いけれど。


 馬車から遠ざかる屋敷を眺めても何も感情が浮かんでこない。虐げられたわけでも無い、かと言って甘やかされたわけでも無い。私はただ衣食住を与えられただけの家だったとぼんやり考えていた。


 流れる街並みも特に心に残る思い出は無い。でもこの世界は嫌いでは無いかな。酷い世界だと私が「ヒロイン」として覚醒するまで飢えていたりしたし、意地悪な令嬢の嫌がらせが命に関わる事だったりした世界もあったから食べるのも寝るのも安心して出来たもの。

 残念ながらこの世界でも「ヒロイン」の宿命か相変わらず友達は出来なかったけれど⋯⋯あっ一人だけ出来たっけ。繰り返しの生の中で、初めての友達。


──ノア。


 もう隣国へ着いたかな。最終公演カッコよかったなあ。主役では無かったけれど主人公の危機に駆けつけて大立ち回りしていた。

 もう、ノアの芝居は見られないんだ⋯⋯。


「何か心配事でもあるのかい?」

「あっ、いえ、ぼんやりして申し訳ありません。ああっ違う、えっと⋯⋯レオンハルト様、パーティーすごく楽しみですう!」


 うっかりしていた。私は「ヒロイン」だ。しっかり演じなくては。

 天真爛漫、無邪気で陽気、素直で純真。えっと後は⋯⋯後は⋯⋯。


「無理をしなくて良いよ」


 何処からか冷んやりとした風が入り込んだ気がした。


「アイリ、君を巻き込む事を先に謝っておくよ。ごめんね」


 馬の蹄の音と車輪が回る音が響く。

 一呼吸置いて、レオンハルト様が口にした言葉に私は驚く事が出来なかった。


「アイリ、君に死んでもらう」


 ここで息を飲むか、青ざめるかすれば良かったのだろうけど。

 そりゃそうでしょう「決まっている」事だったのだし、今更驚かない。


「思った通りだ。驚かないな」

「ええー? 十分驚いてま、すう」

「その頭の悪い話し方はやめろ。君はそんなんじゃ無いだろう。何を企んでいるのか話して貰おうか」


 ゾクリとした。いつものレオンハルト様では無い。これは答え方を間違えてはいけない。


「──何も企んではいません。そうですね⋯⋯強いて言えば諦めている。ですかね」

「ほう⋯⋯諦めついでに死ねると言うのか。面白い」

「私が死ぬのは予定調和です」


 くっくっと押し笑いするレオンハルト様はやはり、いつもと違う。

 この人はこんな邪悪な笑い方をしなかった。


「まあいいさ。何を企んでいようがいまいが関係ない。僕がしようとしている事に君を使う。君にはこのパーティーで僕の言う通りにして貰う。君に拒否権は無い」

「婚約破棄ですか。正しくは婚約解消ですが」

「へえ⋯⋯どうして分かる?」

「予定調和です」

「まあ良い。僕はジュリアとアベルを罰さなくてはならない。僕とジュリアは政略であっても婚約関係にある。それなのにジュリアは僕を蔑ろにし、あまつさえ君を僕にあてがう素振りまで見せた。常にアベルを傍らに置いてね。それは不貞だと思わないか? アベルも僕と言う婚約者がいるジュリアに必要以上に近付いていた。将来の側近だったのに僕が不貞を赦してしまえば示しが付かないだろう?」


 嫉妬か。意外にもレオンハルト様もジュリア様を愛されていたという事ね。それならば私はレオンハルト様がジュリア様を嫉妬させたいが為に使われたというシナリオで断罪されると。

 あーあった、あった。王子様が意地悪な令嬢を嫉妬させたくて私と遊んでいたって世界。

 あの世界だったのかあ、追放刑だったのは。

 勘違いして意地悪な令嬢を貶めていた私は王子様と優しい意地悪な令嬢の温情で追放されただけで済んだのよね。直ぐ死んだけど。


 じゃあこの世界も、追放刑かな。

 処刑で無くても追放は死ぬ事と同じだからレオンハルト様は「死んでもらう」と言った訳ね。納得。


「ジュリア様を愛されていらっしゃるんですね」

「はあ? なんでそう取れるんだ。ジュリアもアベルも僕をコケにしたんだ愛など持てるか」


 綺麗な顔を歪ませるこの王子様は一体何がしたいのだろうか。


「僕はジュリアもアベルも赦さない。たかが色恋沙汰位で馬鹿馬鹿しいと君は思うだろうが、僕はね、馬鹿にされる事が一番嫌いなんだ。二人は僕を馬鹿にした。だから婚約を解消する」

「では、何の為にどうやって私は「死ぬ」のですか?」


「君は物分かりが良くて助かる。嫌いじゃない」


 この世界の王子様は潔癖でプライドが高い。馬鹿にされたと感じているジュリア様とやり直さないのなら追放刑じゃ無いのかな⋯⋯そう言う意味の「死」でないとしたら後は⋯⋯。


あっ! まさか⋯⋯。


「ふふっ。本当に君は賢い」


 まただ。また、ノアに感じた今までとは違う感覚だ。

 レオンハルト様が纏う空気が冷えている。

 ニヤリとレオンハルト様の口角が上がり、ノアと同じ金色の瞳が楽しそうに細められた。

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