第2話 繰り返す世界

「行ってきまあす」


 誰も見送らないエントランスに声を掛けて家を出る。覚醒して一ヶ月経った。


 私は男爵家に引き取られた令嬢で名前はアイリ。

 貴族が通う学園に編入した元平民。平民生活が長く貴族としての教養が低い⋯⋯という事になっている。

 どうやら今回は「学園もの」らしい。


 「学園もの」は貴族学園に通い、王子様や高位貴族と出会い、彼らの婚約者から虐げを受けたりしながら王子様達と仲を深めて行く。

 けれど、私が生きて来た世界は総じて虐げは嘘で「魅了」を使い王子様達を誑かした悪女、と最終的には処刑された。


 初めの頃は王子様達に好きになられて意地悪な令嬢から守られたりして気分が良かったりもしたけれど。

 最終的には意地悪な令嬢が正しかったとなって王子様達に私は断罪されてお終いだ。

 繰り返す生に諦めがついた頃からはどうせ処刑されるのだからと私は意地悪な令嬢に虐げられたとか貶められたとか冤罪を訴えて好き勝手した事もあるけれど。

 終わりが同じなら何をしても良いかなって思ったの。


 だって虚しいじゃない? 結局私は意地悪な令嬢の踏み台、咬ませ犬、当て馬だもの。

 でも、嘘を吐いても吐かなくても処刑は変わらない。ますます虚しくなるだけだったから私はただ「ヒロイン」を演じてエンディングを待つだけになった。


 たまに仲良くなった令嬢も居たけれど、王子様達から全ての愛情を受けて自由に贅沢な生活をする令嬢の引き立て役だったし、そこに私は必要? って思ったわ。我ながら捻くれているとは思うけど。

 その世界は高貴な身分なのに好き勝手に動く意地悪な令嬢が暴漢に襲われたのを庇って終わりになった珍しいパターンだったかな。


 そうそう、「ヒロイン」をしなければ処刑されないのではないかと、ある世界では私は「ヒロイン」をやらなかった。

 王子様達にも意地悪な令嬢にも近寄らなかった。

 それなのに、意地悪な令嬢は私を「ヒロイン」と呼び、令嬢が婚約者逹を避けたりした結果、勝手に揉めて何故か私のせいにされたのよ。


 そりゃないわ。なんでそこに私が出てきたんだと叫んだわ。

 その世界は良く分からない理由で処刑されたわね。理不尽だったわ。


 そう言えば、意地悪な令嬢は毎回公爵家やら侯爵家、隣国の王女と身分が高かったわ。

 そんな身分の高い人相手に平民とか下位貴族が勝てるはずがないじゃない。


 うーん。思い出せば思い出すほど⋯⋯私より意地悪な令嬢の方がよほど「ヒロイン」だと思うわ。


 今回も意地悪な令嬢と王子様は婚約している。

 おまけに私の編入時からあまりにも貴族らしくないからと、公爵令嬢のジュリア様と王子様のレオンハルト様は何かの強制がかかったかのように私に絡んで来ていた。


 意地悪はされていないが結構頻繁に「レオンハルト様はアイリ様に惹かれておられるようですね」と言われている。おまけに「わたくしは名ばかりの婚約者。政略結婚ですもの」だ。

 何を勝手に話を進めているのだと私は何度もレオンハルト様にはジュリア様しかいない、私なんかでは務まらないと答えている。

 繰り返す生に諦めているとは言え、私は処刑を望んではいない。だから必要以上に私から二人に近づく事はしないようにしているし、ジュリア様が言うようにたまにレオンハルト様の視線を感じる事はあるが決して二人きりにはならない様にしている。不必要な接触も回避している。


 あーでも、やっぱり今回も処刑されるんだろうなあ。

 ジュリア様の信者がレオンハルト様に媚びているとか婚約者の居る異性に近付く淫女だとか噂してるの聞くし、それを言うならジュリア様に纏わりついてる自身は棚上げか? と突っ込みたい所よ。


 ⋯⋯学園、行きたくないなあ。このままサボろうかしら。あとどれくらいこの世界に居られるか分からないものいろいろ見ておきたいな。


「おはようアイリ! これから学校?」

「⋯⋯おはようノア」


 よほどトボトボ歩いていたのだろうか「元気ないな」と声を掛けて来たのは一ヶ月ほど前から王都で公演をしている旅役者一座のノア。

 茶色い髪と金色の瞳の彼は何処にでもいる平凡な顔つきなのに役に入ると全くの別人になるのだから役者ってのは凄い。

 日課の走り込みをして来たのだろう汗をかいて、私と正反対の清々しい表情がキラキラしている。


「あー、あのさ⋯⋯アイリに伝えなきゃならない事があって、夕方、公演前に会えない?」

「? 今でも大丈夫よ。何?」

「いやー。夕方に言うよ。ほら遅れるぞ」


 今ではダメなのかと食い下がったが、「早く行け」と手をヒラヒラとされて私はしぶしぶ学園へ向かった。


 学園⋯⋯本当に、憂鬱だわ。

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